アンダーグラウンド掃討作戦(二百六十八)
電源車は急発進した。赤星がアクセルを勝手に踏み込んだからだ。
後ろからは、通路を繋ぎ止めている金具が壊れて『バキバキッ』と音がしているが、赤星は笑ってばかりで振り返りもしない。
突然左側だけ前輪が浮いたように感じたのは、きっと車止めを力で乗り超えたからだろう。案の定加速し始めた。
サイドミラーを見ている様子もないが、車体が全て露わになった瞬間、電源車は急ハンドルで方向を変える。
「イイネ! イイネ! イイネェェェ! 最高だぁぁぁっ!」
「おわああああああっ! 倒れるぅぅぅぅぅぅッ!」
浮遊感を楽しんでいるのは、シートベルトをしている運転手より、寧ろ足を踏ん張っている赤星の方だ。この満面の笑み。
しっかりと逆ハンドルはきっているものの、アクセルを緩めたりはしない。もう、さっきから踏みっぱなしだ。
「轢かれたくない奴は、道を空けろっ! ヒャッハーッ!」
『ズドーン! ブォォォォン!』『バキバキッ』『チュイーン』
『カランコローン』『うわーっ!』『パリーン』『バチッバチッ』
最初はタイヤが着地した音、続いて唸るエンジン音。後ろからは、鉄製品の何かが引きちぎれる音が続いている。時折混じる着弾音。
備品の何かが転がり、壊れ、電気の配線が切れてスパークする音も聞こえて来る。途中で誰か跳ね飛ばしたようだが、敵か味方か。
もう、何だか判らないのだが、それでも電源車が止まらないことだけは確かだ。寧ろ、どんどん加速しているのではないだろうか。
赤星は立ったまま、運転席とハンドルの間に入って実に楽しそうにハンドルを握っていた。
運転手はアクセルごと足を踏まれて成す術もない。叫ぶのみだ。
『チュイーン!』「うわっ!」『チュイーン!』「うわぁぁっ!」
「お前、うっせぇなぁ。俺の陰にいて、当たんのかよ!」
確かにその通りなのだが、それでも全身を隅から隅まで守ってくれている訳でもない。当たるときは当たるものだ。
出来ればハンドルを譲るから、運転席から逃げ出したい。
「班長! 酷いじゃないですかっ!」「何がだ!」
破れた通路から、車止めを外しに行った男が帰って来た。
「俺、轢かれそうになりましたよっ! うわっ!」
帰って来たと言ってもまだ入り口に掴まっているだけで、車内には入れていない。ガンガン振り回されている格好だ。
「なんてこった! お前をひき殺そうとする奴がいるなんてっ!」
声だけは悲壮感が漂う? 顔は満面の笑みのままなので、真実味は皆無だ。相手にとって何の慰めにもならないことは、きっと赤星本人も承知の上だろう。赤星は笑顔で急ハンドル。
「うわぁぁっ! 落ちるっ! 助けて下さいよっ!」
フワッと浮いて驚いたのだろう。必死な叫び声が車内に響く。
「こいつが発進させたんだっ! 俺は止めようとしているんだ!」
わざとらしく振り返りながら、左手の親指で運転席を指さした。
「違いますよっ! 俺はっ」「黙ってろっ。今すぐ止めてやるっ!」
一瞬声色まで変えて運転手を一喝。元の声に戻って叫ぶ。
いやはや。赤星は中々の役者ではないか。掴まっている男の顔が、真っ赤になっている。きっと部下からの人望も厚いに違いない。
そう言えば部下はあと一人いたと思うのだが、何処へやら。




