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アンダーグラウンド(五)

 言問橋を渡る。しかし水面はない。


 首都高速環状一号線のように、かつては川だった所を工事用の道路や資材置き場、臨時のコンクリート製造工場にして、人工地盤を造り、その後はそのまま放置された。


 万が一洪水で浸水した時に備え、公害となる重金属だけは回収されているが、それ以外は廃墟が残る。

 振り返っても首都高速六号線はなく、そもそも首都高速自体が存在しない。


 江戸城が世界遺産になっていて、五十八・六三メートルの天守閣が睨みを利かせているその足元を、首都高速がうろちょろできる筈もなく、東京に自動車文明がやってくることは、なかったのだ。


 トラックは言問橋を渡り右折する。左は浅草の繁華街である。だから、この辺までは『治安』が良い。

 明かりの点いたBOXから、防弾チョッキとヘルメットを被り、M16自動小銃を構えた二人が出て来ても、違和感がない。


 どう見ても防弾ではないトラック。

 黒田は手前から窓を開け、そしてそこから右手をあげる。テールランプが赤く光った。


「お疲れっす」

 そう言ってハンドルから左手を離し、クラッチを踏んでギアをニュートラルにする。そのままギアレバーを横へ二回振り、ニュートラルであることを確認。

 もう手癖だ。それからサイドブレーキを引いた。


「どもー」

 ヘルメットの男が挨拶をした。

 黒田の顔を見て、笑っている。どうやら顔なじみが来たみたいだ。

「どう?」「どうじゃないよぉ。待ってたよぉ」

 そう言って、構えていたM16の安全装置をオンにして、背中に背負った。

 窓枠に左手を伸ばして掴むと、前タイヤに左足をかけ、ひょいと軽くジャンプして、運転席を覗き込む。


「どもー。黒山っす」

 助手席に向かって、右手をあげて挨拶をした。随分とノリが軽く、フレンドリーな警備員である。

「どうも」

 黒井がペコリと挨拶した。ヘルメットの黒山は、にっこり笑って頷く。そして、そのままの笑顔で黒田に聞く。


「この子が新人さん?」「そうだよぉ。よろしくねぇ」

「おう! ブラック・ゼロに、ようこそ! よろしくね!」

 もう一度黒井に頭を下げて挨拶をした。そしてそのまま下を見て、降りようとした。


「よろしくお願いします」

 黒井の声が聞こえて来たので、黒山はもう一度チラッと黒井の方を見て小さく頷くと、ピョンと飛び降りる。

 そして、小屋の方に合図をして振り返った。


「眼鏡、持ってる?」

 思い出したように振り返って、黒山が黒田に聞く。

「あぁ。あるよ!」

 黒田からそう聞こえたからか、黒山はまた笑い、右手を上げた。


 黒田はその右手を車内に引っ込めながら、窓を閉める。それを見て黒山は頷き、今度は窓が閉まって聞こえなくなったと思ったのか、マスクを着ける素振りをして、首を横に振った。


「大丈夫!」

 何も聞こえていないが、黒田が返事をして、右手を上げた。

 左手はギアレバーを左右に振っている。直ぐにクラッチを踏んでギアを入れようとしたが、止めた。


 車内灯を付け、ライトを消す。辺りが真っ暗になる。

 気が付けば、黒山が出てきたBOXも明かりが消えている。


「どうしたんですか? 行かないんですか?」

 黒井が黒田に聞いた。しかし黒田は、「行くに決まっているじゃん」という顔をしたままだ。

「眼鏡出して」

 そう言って、黒井の前にあるダッシュボードを指さした。


「老眼鏡ですか?」

 にやっと笑って、黒井が言う。しかし黒田は動じない。

「鳥目なんだよねぇ」

 そう言って笑った。黒井は「やっぱりお年寄りなんじゃん」と思いながら、右手で黒田を指さしてから、グローブボックスを開ける。


「ん? これですか?」

 そう言って、眼鏡と言うか、眼鏡らしきものを取り出した。

「そうそう。サンキュー」

 どうやら正解だったようだ。黒田が手を伸ばすので渡す。受け取った黒田は、それを装着して、髪を整えている。


「もう一つあるよ? 着ければ?」

 そう言われて、黒井はグローブボックスを覗き見る。確かにもう一つあるではないか。しかし、何だかカッコ悪い眼鏡もどきである。

「はい」

 返事をしてそこに手を伸ばした所で、黒田がギアを操作し、発進操作に入ったのが判った。それと同時に声掛け。


「消すよ」

 車内が暗くなった。いや、世界が暗くなった。何も見えない。隣にいる筈の黒田さえ見えない。

 黒井は驚いたが、手に持っていた眼鏡を装着してもっと驚く。


「凄い! 良く見える!」

 そう言って黒田の方を見た。

「なんだ、初めてか?」「はい! 凄いですね! これ!」

「力抜けよ」

 そう言って黒田は笑ったが、黒井は文脈を理解できていない。嬉しそうに笑っているだけだ。


「ほら、挨拶して!」

 黒田が手をBOXに向かって振り、挨拶をしたのが判った。黒井も良く見えるように左手を上げ、振り千切った。


 黒山が笑顔でそれに答えているのが判る。凄い眼鏡だ。大冒険に向かう気分の黒井を乗せ、トラックは山谷堀へ向かう。


 警備BOXの中でM16を降ろした黒山は、同僚の黒川と黒井について話し合っている。


「何か、暗視スコープ、初めてだったみたいですねぇ」

 黒川にも黒井の姿が見えたのか、笑っている。

「あぁ、可愛いなぁ。お前も最初は、あんなだったぞぉ?」

 そう言って、黒山は黒川を指さした。指さされた黒川は、M16を担ぎ直して、両手を上下に振る。


「ちょっと、それは黒歴史っす。言わないで下さいよぉ」

 目の様子までは判らないが、きっと片目位瞑っているだろう。

「あはは。ごめんごめん」

 黒山も痛い所に触れてしまったと思ったのか、頭を掻く。


「今じゃ、慣れっこですけどねぇ。ところで、どんな奴でした?」

「良い感じの子だったよ。ホント、お前みたいでさ!」

 黒山は黒川を指さした。そして笑う。黒川は褒められたと思って、両手を腰に当ててそっくり返る。

「それは良かったじゃないですか!」

 それを見て、黒山も椅子の上でそっくり返る。


「あんまり、長生きできそうもないけどなっ!」

 言われた黒川は左足をガクッとして崩れかける。


「えー、それは良くないじゃないですかぁ。何言ってんですかぁ、俺は長生きしてるじゃないですかぁ」

 M16を気にしながら、右手を縦に振る。しかし黒山は認めない。


「まだまだだよ。三年じゃ長生きの内に入らねぇよ。せめて俺ぐらいには、生きてくれよな」

 そう言って視線を黒川から外し、外を見た。警戒は怠らない。

「そう言えば、黒山さんは結構長いんですか?」

「俺は、今年で十年だな」

 黒川も外を見ながら聞く。それに黒山が答えた。

「へー。結構長いですね。頑張ります」

「あぁ、頑張ってくれよ?」

 二人共頷いた。黒山は黒川の前任者を思い出す。


「所で、黒田さんって、何年なんですか?」

 不意に、黒川の問いが聞こえた。黒山はフッと息を吐く。


「知らねぇ」「え? 知らないんですか?」

 驚いて、黒川は黒山を見た。黒山は前を向いたままだ。


「あぁ、あの人、俺が新人の頃から幹部だから。判んねぇ」

 そう言って前を凝視したまま、首を小さく左右に振っている。


「すげえな。筋金入りだぁ」

 黒川はM16を背負い直して、前を見た。

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