アンダーグラウンド(四)
砂利を蹴散らしながら、トラックに戻る二人。そこで、思い出したように黒田が言う。
「トラックで待っていると思ったのに」
言われた黒井は、何故か呆れ顔だ。
「何言ってるんですか。ロックされてましたよ」
言われた黒田の目が、ちょっと大きくなった。
「あぁ」
理解理解。黒田は納得して、ポケットを探す。
「あぁ?」
しかし今度は、口を開けた。黒井は立ち止まり、苦笑いする。
「ちょっと、マジですかぁ?」
やっちゃったのか?
黒田のポケット見て、直ぐに黒田の顔を見た。黒田は焦った顔になり、ポケットの中で、激しく手を動かし続けている。その時だ。
「ありまぁしぃたぁー」
笑顔になって、キーを取り出した。
表情を見て思う。これ、絶対わざとだよ。黒井に笑顔が戻った。再びトラックの方に歩き始める。
黒井はトラックのドアノブに手をかけて、開錠を待つ。
その横を黒田が鍵を見つめながら通り過ぎ、開錠のボタンを押すかに見えたのだが、急に真顔となって立ち止まる。
「これ、荷台の方じゃーん」
そう言って笑う。そして荷台の方に向けて「ピッ」と押した。
「なっ、何を!」
びっくりして黒井が首を竦め、膝まで曲げて慄く。
「何びびってんのぉ」
黒田がそれを見て、指さして笑っている。実際には押していなかったようだ。
「ちょっとぉ、勘弁して下さいよぉ」
洒落にならないではないか。黒井は、とんでもない奴の相棒になってしまった。まったくもって、この黒田と言う男、お痛が過ぎる。
これでブラック・ゼロの幹部じゃなかったら、一発ぶん殴っている所だ。
「こっちでぇしぃたぁ」
いちいちムカつく。手に持ったキーをしまいながら、反対の手でトラックのキーを取り出し、目の前でブラブラさせている。
「お願いしますよぉ。ビシャーってなったら、どうするんですかぁ」
そう言いながら、黒井は両足を外に向けて曲げ、両手で『激しく水分が流れ落ちる様』を表現した。
黒田は笑いながら、ロックを解除して運転席の方へ周ると、さっさと乗り込む。
溜息をして、黒井も助手席に乗り込んだ。
「今、出して来たばっかりじゃん」
運転席からの冷静な突っ込み。言われた黒井は渋い顔。
「出るときゃ出るんですよ」
言い方は『やるときゃやる』みたいだが、ちょっと違う。
もう、理屈じゃないのだ。
ちょっと不貞腐れ気味に言って、シートベルトを締める。そして窓の所に左ひじをかけて、頬杖を付く。
「若いのに、頻尿なのぉ?」
気の毒そうに首を傾げながら、黒田が言う。
黒井は、もう返事するのを諦めた。顔をしかめて、黒田の方をじっと見ただけだ。
それを見た黒田は、やっぱりそうなのだと思って、頷きながらエンジンをスタートさせた。
ギアを後進に入れて、後ろに動き出す。
バックミラーは満載した荷物で役に立たない。サイドミラーを見ながら、何もない駐車場でゆっくりと後進する。
「荷物、何なんですか?」
黒井は右手の親指を突き出して、荷台を指す。ビビッてしまったのも無理はない。だって、『ヤバい物』としか聞いていないし。
「ナイショォー」
黒田がさっきと同じ口調で答えた。そしてクラッチを踏んで、ギアを前進に切り替える。
「ヤバイ物って、何ですか?」
ダメ元でズバリ聞いてみる。
頬杖から顔を離し、黒田の方を見る。しかし、黒田は前を向いたままだ。そして、無言だった。
トラックは段差をゆっくりと越え、土手を上に登って行く。車内は静かになっていた。
「AS-15だよ」
不意に、黒田が答えた。それを聞いた黒井は、驚きの余りひっくり返る。シートベルトがビョーンと伸びた。
「ケント君ですか?」
声もひっくり返っていた。相当ヤバいじゃないか!
「あぁ。せ・い・かぁーい!」
黒井の質問に、黒田は目を見開き、口を横に思いっきり引っ張って歯を見せて、にっこりと笑う。素敵な笑顔だ。
そんな顔が、ハンドルを左に回す仕草と一緒に、黒井の視界に飛び込んでくる。
「まじすか、幾つ積んでるんですか?」
そう聞くと、黒田はアクセルを吹かし、クルクルっと勝手に戻るハンドルから手を離し、笑顔でブイサインを出している。
「まじすか!」
トラックが言問橋の方を向いた時、回り続けるハンドルに手を戻す。トラックは真っ直ぐに走り始めた。黒田も前を向く。
トラックは、再びアンダーグラウンドに入る。
この先は目的地まで、光が届かない暗黒世界。ブラック・ゼロの縄張りである。
テールランプ二つが『目』のように怪しく光りながら、漆黒の闇へ遠ざかって行く。




