ガリソン(八)
「危なかったねー。ニュース見たの?」
「見てないわ。やってるかしら」
そう言って可南子が、テレビのリモコンを手にした。
「あっ」
すると大人しくテレビを見ていた優輝が叫んだ。
可南子がチャンネルを替える時は、録画ボタンを押さないからだ。一度スーツの男性が映ったが、優輝がリモコンを奪い取り、直ぐにアニメに戻る。録画が始まると、再びスーツの男性に戻った。
優輝がリモコンをテーブルに置くと、自分はテレビを見るのを止めて、カレーの皿に目を戻している。
優輝にとって見れば、ニュースよりカレーなのだろう。
『五年後に完成の、見込みとしています』
ニュースの途中から流れた。高速道路建設の話しだ。中々完成しないので、完成年度を先送りにしたという、ごく普通のニュースだ。
『次にヘリコプターが国道に墜落し、あわや大惨事となった件です』
「あ、これだね」「そうね」
なんと言うタイミングの良さ。こんなのはテレビドラマか小説でないと、あり得ないだろう。
『今日七時三十分頃、国道十七号線と県道二十七号線の交差点にヘリコプターが墜落し、パイロット一名と通行人の一人が死亡。二十五人が怪我をして、近くの赤十字病院に運ばれました』
テレビは背広の男性から現場の映像に切り替わった。確かに駅前の光景だ。見慣れた風景をテレビ見えるのは、ちょと特別だ。
『ヘリコプターはビルの看板を破壊しながら交差点にある信号機に激突して、爆発炎上しました』
事故直後に誰かが写した質の悪い画像になったが、それはさっきの映像よりも、迫力のあるものだった。
バラバラと落ちてくる看板や、部品。そして立ち昇る黒煙に紅い炎。逃げ惑う人達。
「これで死者二名とは、奇跡に近いね」
「丁度信号が『赤』だったのが、良かったみたいよねぇ」
琴美はまんじりともせず、自分が置かれていた状況を見つめていた。しかし驚いたことが一つ。
そこにある筈の『タンクローリ』が映っていなかった。あれは見間違いだったのだろうか?
そう言われて見れば、見間違えかもしれない。
だってヘリコプターとタンクローリーは似ているし。琴美はそう自分に言い聞かせ始めた。頭の中で何かがグルグル回り出す。
ヘリコプター墜落のニュースはたった二人しか死者が出ず、テレビのニュースとしてはインパクトが薄かったようだ。
特に詳しく取上げるまでもなく、『極普通の交通事故』としか扱われていなかった。
それに若い背広の男は、地方ニュース担当だったらしく、直ぐにメインのアンカーマンに引き継がれた。
琴美は見たことのある年配のアナウンサーが『黒服に黒ネクタイ』を締め、画面の反対側の若い女性アナウンサーも、『黒い服』を着ているのに嫌な予感がした。
そういうのは、大抵悲惨な事故が起きた時だからだ。
『では、新しい情報が入ってますでしょうか。再び気象省からお願いします』
渋い顔をして年配のアナウンサーが低い声で言った。琴美はその『言い間違い』に気が付いていたが、誰も指摘する人はいない。
画面は記者会見場に切り替わり、大勢の記者が汗を拭く正面の男にマイクを突き立てていた。
その様子から、凄く深刻な事態であることは理解できる。
テレビ画面の上に『気象省から生中継』と表示されているのだが、それを指摘できない程に深刻な何かが。
琴美は黙って画面を見続けていた。
後ろには天気図が張り出されている。
琴美は、理科は余り得意ではない。それでも一応受験生だ。それが『梅雨の天気図』であることは判る。
しかし、テレビ画面の向こうで何が起きているのかは、判らない。