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アンダーグラウンド(三)

 黒田はハンカチで手を拭きながら、公衆トイレを後にする。そこに『紙』はなかった。それでもまぁ、問題ない。

 黒井の姿を探したが、見つからない。缶コーヒーでも飲んでいるのだろうか。いや、そんなはずはない。この辺に自販機はない。


「黒田さーん!」

 不意に呼ぶ声がして、その声の方を向く。土手の上に、両手を上にあげて伸びをしている黒井の姿を見つけた。

 車に戻っていると思っていた黒田は「そこか」と思って、歩く方向を変えた。土手に設置されている階段をトントンと登り、黒田も土手の上に上がる。


 そこは『超堤防スーパーていぼう』だ。

 超堤防とは、『堤防のように見えるが、堤防を超越した、もはや堤防ではない何か別の物』である。

 高さ十メートルに対し、幅三百メートル。例え大雨になろうとも、絶対に決壊はしない。そんな決意を表している。

 しかし、そんな決意も、今となってはやや過剰だ。何故なら、その二十一メートル上空に、人工地盤があるからだ。


 超堤防の上には、かつて多くの住居が存在していた。

 しかし、それも今は廃墟か、基礎だけ残して人工地盤の上に移築されている。寂しい限りであろう。

 荒川の方を向いていれば、やや開けた雰囲気だ。

 川向うにも、雑草に包まれた緑の土手が見え、その向こうは青空、ではなくて、人工地盤の西端がずっと続いている。


「紙、ありました?」

 ハンカチをしまった黒田の手を見ながら、黒井が聞く。

「なかったんだよー」

 そう言いながら、黒田は黒井の背中を撫でる。黒井は真顔で驚き、黒田から離れるようにジャンプした。

「きたねっ」

 振り返り、苦笑い。黒田は笑っているが、おいおいである。

「あはは。ちゃんと洗ったから大丈夫だよぉ」

 そう言って手を振っている。

「止めて下さいよぉ」

 今更背中を擦って匂いを嗅いでも、どうにもならないが、黒井は自分の背中を気にしていた。まぁ、気持ちは判る。


「ちゃんと、紙持ってるからぁ」

 そう言って、黒田はチラっとポケットから紙を見せた。

「なんだぁ。もうー。準備良いですねぇ」

 黒井は安心した。


 黒田の経歴は知っている。

 昔は海外青年協力隊で、アフリカに派遣されたことがある。そこで農業指導やら、衛生指導やら、色々やっていたそうだ。


 余談だが、海外青年協力隊では『一応』派遣先について希望を聞いてくれる。が、しかし、聞くだけで叶えてくれるとは限らない。

 適性が審査されて、『こいつ、アフリカに派遣しても大丈夫そうだな』となった強者だけが、水道も電気も、トイレの紙もない地域に派遣されるのだ。


「ちょっと手に付いちゃってさぁ」

 冗談なのか、マジなのか、黒田がニヤけながら、自分の手をクンクンしている。

「えー、勘弁して下さいよぉ」

 黒井は再び渋い顔をした。そんな告白、聞きたくない。

「ほりゃー」

 そこへ黒田の手が、黒井の鼻先に振られてくる。黒井は驚いて、のけ反った。


「超臭いですよぉ」

 苦笑いだ。左手で鼻を摘まみ、右手を左右に振りながら、本当に臭そうにしている。

「えー。それは違うよぉ」

 黒田が直ぐに否定した。不満そうに右手を上下に振っている。

「どう違うんですかぁ。もうぅ」

 黒井の質問に、薄笑いをしながら黒田が答える。


「お前『超』ってのはなぁ、名詞に付けるんだよ。

 形容詞に付けちゃダメなんだよぉ。

超人スーパーマン』とか『超C級ウルトラシー』とか、

『もはや○○ではない何か』なんだからさぁ、

『超嬉しい』とか『超むかつく』とか、

 そんな日本語は、ないんだよぉ」

 そっちかよと黒井は思って、思わず首を前に出す。

「はぁ」

 黒井は首をかしげ、苦笑いで黙ってしまった。

 黒田が理屈っぽいのも思い出す。「良いじゃん」と言うのは、超我慢して、二人はトラックに向かって歩き始める。


 超急いではいないが、超大切な超任務が、二人を超待っているのだから。

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