アンダーグラウンド掃討作戦(二百三十七)
『パンッパンッパンッ』「起きろっ!」「うぅぅっ」
本部長の強烈な往復ビンタで息を吹き返した。
どうせだったら先ず『声掛け』をして、それでダメだったら『往復ビンタ』にすれば良いのに。
取り敢えず殴っておくのは軍隊仕込みだろうか。それとも性格?
起き上がった男の顔は、意外にも『手加減してくれて助かったぁ』と、寧ろ感謝の表情である。絞められた首を擦り始めた。
ホッとした表情を読み解けば『あぁ、折れてないや。良かったぁ』であろうか。おやおや。随分と気弱な陸軍大佐のようだ。
いや違う。仮にも東部第三十三部隊の部隊長にして、『極秘任務の遂行』を指揮監督する男である。ハッキリ言って、かなりつおい。
泣く子も黙るコードネーム、『ゲムラー大佐』の名を継ぐ彼にしてみれば、その辺のガキ共など赤子の手を捻るようなものだ。
「ほら大佐、良く見てぇ。やっと部隊が突入しましたよ」
目が覚めたばかりなのに。もう仕事をさせるつもりだ。
高田部長が遠慮なく、大佐の首根っこを掴むと、目の前のディスプレイを見せるようにグッと引っ張った。凄い力だ。
「遅いよなぁ。何で俺らの方が侵攻速度が速いのぉ?」
目の前に見えた大佐の背中を、往復ビンタと同じ位の勢いでバンバン叩く本部長。もう片方の親指で、自分自身を指している。確かに侵攻作戦は、何度もシミュレートして来ている。
ディスプレイと二人の顔を交互に見つつ、何も言い返せずにいるのが大佐である。二人からのキツイお叱りにタジタジだ。
きっと『俺の司令官席』を占領された本部長の『腹いせ』もあるだろうが、それは大佐本人に責任はない。
若しくは、いつものように『チェスが出来ない』と、イライラしている高田部長の『嫌がらせ』であろうか。
こっちの理由は『問題外』であろうが、チェスの相手は本部長なのだから、致し方なしだ。
「あんまり訓練、出来なかったんでぇ」
ちょっとニヤケながら大佐が小声で答える。
すると突然、本部長の瞬間湯沸かし器が『ピーッ』と大きな笛の音を上げたではないか。
その瞬間、高田部長は表情を変えずに耳を塞ぐ。
「栄えある帝国陸軍に、『言訳』は要らないのだよっ!」
薄荷乃部屋に詰めている全員が振り返って、そして静まり返った。直ぐに前を向き仕事に戻る。
誰もが思っていることだろう。『お前、軍人じゃねぇだろ』と。
誰でもこの世に『逆らえない者』がいる。人間社会はそうだ。
一般的に『無敵』を誇る大佐と言えど、先ず『奥さん』には敵わない。それと上官である『初代ゲムラー』だ。生きていればだが。
付け加えて後は目の前の二人。昔から苦手な二人だ。
「シミュレーター、渡したよね?」「ちゃんと使ったのぉ?」
詰め寄られてペコペコ頭を下げるのみだ。
「すいません」「講習代ケチったからこうなんのっ!」「はいぃ」
謝っても直ぐに『次の叱責』が飛んで来る。汗を拭く間もない。




