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アンダーグラウンド(二)

 トラックは『元』新宿新道踏切にやって来た。ここで新金貨物線を横断する。

 昔は珍しい踏切用の信号があって、青なら一時停止しなくても踏切を通過できた。

 だから近所の自動車教習所は、ここを通って『練習』をする。


 そんな車を見かけたら、ちょっと車間距離をとって様子見をお勧め。急にブレーキを踏んで、止まる可能性がある。

 あ、そんな時は、大抵教官に怒られているはずだ。もちろん、都外の初心者マークを付けた車も、油断できない。

 しかし今は、信号はおろか、遮断機もない。


 いつ来るか判らない貨物列車を、自己責任でやり過ごす必要があるのだ。多分、貨物列車だってライト位付けて走って来るから、判ると思うのであるが、油断はできない。


 ここで事故を起こしても、保険は効かないし、救急車も来ない。何度も破壊された亀有の警察署は近いが、今度は本当に『基礎』しか残っていない。もちろん、携帯電話も圏外で、公衆電話もない。


「右良し、左良し」

 運転手の黒田がクラッチを踏んで、左右を確認する。

 ちゃんと確認するなら、線路に耳を当て『ゴトゴト』と音がするかを聞かなければならない。まぁ、そこまでしなくても、多分大丈夫だろう。


「上良し、下良し」

 黒井が首を上下させ、確認している。黒田はニヤリと笑う。

「何か見えるのかよ」

 そう言ってゆっくりクラッチを繋ぎ、トラックを発進させる。

「明日かな」

 線路を渡る振動を感じながら、ニヤリと笑った。

「見えないだろう」

 深刻な物言いだが、黒田は笑っている。


 そう。アンダーグラウンドに巣食う者達に必要な物。その一つは『明日』なのだ。いや、正確には、『明日に対する希望』なのだ。そんなものがないのは、もう嫌と言う程、判っている。


「じゃぁ『星』かなぁ」

 黒井はロマンティストなのだろうか。それとも詩人か。

「もっと見えないだろう? 昼だし」

 黒田は吹き出して笑いながら、時計を黒井に見せた。

 黒井は判っているとでも言いたげに、その時計は見ず、前を見た。やはり黒井も現実主義者なのだろう。


 線路を渡って黒田は、ギアを調子良くトップギアまで上げて行く。

 この先は、言問橋東まで、ほぼ直線。両サイドは金網で、飛び出してくるのはネズミ位だ。問題ない。


 中川大橋を渡る。このサイズの川だと、人工地盤の下である。

 だから、アンダーグラウンドで中川を渡る橋は、この辺だと国道六号、国道十四号だけだ。


 一応説明しておくと、青戸より先の中川放水路は掘削されておらず、うねうねと曲がりくねった中川は、荒川に合流して終点である。


 しかし隣の江戸川は、東京湾まで最短の放水路が掘削され、元江戸川は埋め立てられてしまった。

 これに驚いたのは浦安市。完全に千葉県から島流しになり、東京都江戸川区に併合されてしまった。

 歴史は『少々』変わってしまったようだ。


 四ツ木まで来ると人工地盤が途切れ、本当の空が覗く。


 流石に、荒川の上に人工地盤を築くのは無理だった。

 それに、ちょっと上流で分岐していた筈の『荒川の支流』も、最上流を閉鎖されて干上がり、人工地盤の下になってしまったものだから、流量が増える。

 だから綾瀬川との中州も掘削され、広目の川幅だ。


 確か、別名を『隅田川』と言われていたその川であるが、惜しまれつつも干上がったらしい。

 まぁ、石碑の一つでも建てておけば良いだろう。

 だって『春の小川』も、地面の下になってしまうぐらいだから。東京は移り行くのだ。

 そうね、瀧廉太郎が、多少なりとも、驚くかもしれないけれど。


「ちょっと、トイレ行きたいなぁ」「えー、ここでかよぉ」

 黒井の言葉に、黒田が答える。

 順調に走って来たのに、面倒臭そうだ。長い四ツ木橋を渡り、左に曲がって河原に向かう。確かそこに、公衆トイレがあったはずだ。


 広い河原には野球場があって、天気の良い休日は、運動を楽しむ人で溢れている。今日は平日だから、人の姿は皆無である。


 昔は駐車場であったであろう、荒れたアスファルトに、黒田はトラックを止める。


「じゃぁ、行ってきますね」

 そう言って、足早に黒井はトラックを降りる。

「俺も行くよぉ」

 黒田もエンジンを止め、ギアをファーストにねじ込んでクラッチを離し、サイドブレーキをかけて飛び降りる。


「連れションですかぁ」

 前を押さえて笑いながら、チョコチョコ小走りに黒井が走る。

「違うよぉ」

 黒田は後ろを押さえて笑いながら、その後を追う。


「えー、『紙』あるんですか?」

 黒井の心配をよそに、黒田の足は回転するかの如く速い。あっと言う間に黒井を追い越して行く。


「知らん!」


 短く、それでいて、力強い。決断も早い。そんな返事を残し、黒田はトイレに駆け込む。


 黒井は思った。流石『ブラック・ゼロ』の幹部。

 何事にも動じない『強い心』を、持っていると。

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