表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/1520

アンダーグラウンド(一)

 国道六号を東京方面に走り、江戸川の橋を渡ると金町になる。

 左には寅さんが歩いた堤防が見え、その先には特徴的な円錐屋根の取水塔が見える。はずだが、前を見ているので良く見えない。


 青い空が見えるのは、ココまでだ。


 江戸川を渡ると、そこは東京。

 さようなら千葉。こんにちわ東京。東京だよおっかさんの東京だ。東の京と書いて東京。田舎者には敷居が高い。物価も高いし、ビルも高いし、地面だって高い。


 そんなグダグダを言っている間に、江戸川の堤防より高い『地面の下』にポンと入り込む。昼間なのにそのまま暗くなった。


 ディーゼルエンジンの音を、カタカタ言わせて走るトラックは、アンダーグラウンドだけ走行可能である。

 それでも、どこでも自由に走れる訳ではない。


 国道六号は橋を渡って零メートル地帯に着地すると、正面にはゲートが現れる。日本橋まで行かれたのは、遠い昔のことだ。

 強制的に右に曲げられて、そのまま真っ直ぐ行けば水元公園まで一直線。左に曲がれば、常磐線金町駅である。細道も含めてバリケードがあり、全ての車の行先は二つに一つである。

 トラックは金町駅の方に曲がった。


 金町駅南口のロータリーを半周回って、京成金町駅と常磐線の線路の間にある細道へ向かう。

 両側はバリケードに囲まれていて、商店街も何もない。トラックは、その先にあるゲートの所で、警備に止められて停車した。

 窓を開けて、男が顔を出す。


「こんにちわぁ。温泉の点検に来ましたぁ」

 そう言って、用意してあった許可証を出す。

「ご苦労様ぁ」

 トラックが来るのが珍しいのか、暇そうにしていた警備の男が手を伸ばす。そして受け取った書類を見ている。

「暑いですねぇ」

 運転手は、のんびりとした声で、警備の男に声をかける。しかし、警備の男はうんうんと頷くばかりで、返事がない。


 書類を受け取った方の警備の男は、人の良さそうな感じであるが、後ろで睨みを利かせている方の警備の男は、防弾ガラスの向こうで、非常ボタンに手をかけたまま、トラックの方を凝視している。


「お名前は?」

 ニッコリ笑って運転手に聞く。書類は返さない。むしろ見えないように持っている。

「黒田です」

 にっこり笑って答えた。しかし、また聞かれる。

「フルネームで」「あぁ、黒田光男です」

 ちょっと頷いて答えた。


「助手席の方は?」「えっと、彼は頼まれて」「ご本人が答えて」

 笑顔で黒田の説明を打ち切った。黒田は仕方なく、助手席の方を見て、右手を『こっちに来い』と振って合図する。


 助手席の男がシートベルトを外し、身を運転席の方に乗り出して、警備の男を見た。そして、名前を答える。


「黒井保です」「未登録ですよね?」

 名前を聞いて、警備の男が確認する。

「はい。ですが」「ダメなんですよぉ」

 黒井の説明を、警備の男が打ち切る。顔は笑顔のままだ。

「どうすれば良いですか?」

 黒井は逆に、警備の男に聞く。この先に行かれないのは困るのだ。


「誓約書にサインして下さい」

 このやり取りも、手慣れているようだ。

 警備の男が、手に持っていたバインダに紙を、一枚挟んで黒田に渡す。それを黒田と黒井は覗き込んだ。


「誓約書 この先、許可エリア以外には侵入しません。

 許可された場所以外に侵入した場合、

 死亡しても一切の責任を負いません。ですか」


「日付と名前にサインして下さい」「はい」

 黒井がボールペンでサラサラと書く。そして、上下を逆にして警備の男に差し出した。

「はい。OKです」

 そう言うと襟の所にある、トランシーバーのスイッチを入れた。


「二名許可。ゲート開けて」

 黒田がお辞儀をして窓を閉める。トラックが動き出した。

『ギギギギギ』

 金属音がして、ゲートが開き始める。黒田と黒井は、ホッとしていた。しかしそれが、一瞬にして警戒に変わる。

 ゲートが途中で止まったのだ。慌ててブレーキを踏む。


「何だ?」

 黒田が叫んだ。その時だった。サーチライトが、トラックを照らす。黒井は目つきが鋭くなり、身構える。が、何も見えない。

 ゲートを操作していた男が発したであろう声が、サーチライトの向こうから、スピーカーを通じて響く。


『シートベルト締めて下さい』

 黒田は慌てて確認するが、自分は締めている。黒井の方を見ると、さっき外したままになっている。


「なんだぁ」「直ぐ締めます」

 多分聞こえていないが、そう言って、黒井はシートベルトを締めた。そして、サーチライトに向かって敬礼をする。


『お気をつけて』

 そう聞こえたかと思ったら、サーチライトが消えた。ゲートが開き始める。良く見ると信号があった。それが青になる。

 トラックは再び走り出し、ゲートを通過した。


 その先は街灯も何もない、東京アンダーグラウンドである。


「びっくりしたねぇ」「あぁ。バレたかと思ったよぉ」

 ゲートの明かりが後ろになるにつれ、段々と暗闇が二人を包む。しかし、初めて安堵の表情が現れた。ここまでくれば安心だ。

 黒田と黒井が乗ったトラックは、住宅地であったであろう場所に作られた道を走り、右に曲がって国道六号に戻った。そのまま、ヘッドライトの明かりだけを頼りに、言問橋を目指す。

 二人は、アンダーグラウンドに帰って来たのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ