アンダーグラウンド(一)
国道六号を東京方面に走り、江戸川の橋を渡ると金町になる。
左には寅さんが歩いた堤防が見え、その先には特徴的な円錐屋根の取水塔が見える。はずだが、前を見ているので良く見えない。
青い空が見えるのは、ココまでだ。
江戸川を渡ると、そこは東京。
さようなら千葉。こんにちわ東京。東京だよおっかさんの東京だ。東の京と書いて東京。田舎者には敷居が高い。物価も高いし、ビルも高いし、地面だって高い。
そんなグダグダを言っている間に、江戸川の堤防より高い『地面の下』にポンと入り込む。昼間なのにそのまま暗くなった。
ディーゼルエンジンの音を、カタカタ言わせて走るトラックは、アンダーグラウンドだけ走行可能である。
それでも、どこでも自由に走れる訳ではない。
国道六号は橋を渡って零メートル地帯に着地すると、正面にはゲートが現れる。日本橋まで行かれたのは、遠い昔のことだ。
強制的に右に曲げられて、そのまま真っ直ぐ行けば水元公園まで一直線。左に曲がれば、常磐線金町駅である。細道も含めてバリケードがあり、全ての車の行先は二つに一つである。
トラックは金町駅の方に曲がった。
金町駅南口のロータリーを半周回って、京成金町駅と常磐線の線路の間にある細道へ向かう。
両側はバリケードに囲まれていて、商店街も何もない。トラックは、その先にあるゲートの所で、警備に止められて停車した。
窓を開けて、男が顔を出す。
「こんにちわぁ。温泉の点検に来ましたぁ」
そう言って、用意してあった許可証を出す。
「ご苦労様ぁ」
トラックが来るのが珍しいのか、暇そうにしていた警備の男が手を伸ばす。そして受け取った書類を見ている。
「暑いですねぇ」
運転手は、のんびりとした声で、警備の男に声をかける。しかし、警備の男はうんうんと頷くばかりで、返事がない。
書類を受け取った方の警備の男は、人の良さそうな感じであるが、後ろで睨みを利かせている方の警備の男は、防弾ガラスの向こうで、非常ボタンに手をかけたまま、トラックの方を凝視している。
「お名前は?」
ニッコリ笑って運転手に聞く。書類は返さない。むしろ見えないように持っている。
「黒田です」
にっこり笑って答えた。しかし、また聞かれる。
「フルネームで」「あぁ、黒田光男です」
ちょっと頷いて答えた。
「助手席の方は?」「えっと、彼は頼まれて」「ご本人が答えて」
笑顔で黒田の説明を打ち切った。黒田は仕方なく、助手席の方を見て、右手を『こっちに来い』と振って合図する。
助手席の男がシートベルトを外し、身を運転席の方に乗り出して、警備の男を見た。そして、名前を答える。
「黒井保です」「未登録ですよね?」
名前を聞いて、警備の男が確認する。
「はい。ですが」「ダメなんですよぉ」
黒井の説明を、警備の男が打ち切る。顔は笑顔のままだ。
「どうすれば良いですか?」
黒井は逆に、警備の男に聞く。この先に行かれないのは困るのだ。
「誓約書にサインして下さい」
このやり取りも、手慣れているようだ。
警備の男が、手に持っていたバインダに紙を、一枚挟んで黒田に渡す。それを黒田と黒井は覗き込んだ。
「誓約書 この先、許可エリア以外には侵入しません。
許可された場所以外に侵入した場合、
死亡しても一切の責任を負いません。ですか」
「日付と名前にサインして下さい」「はい」
黒井がボールペンでサラサラと書く。そして、上下を逆にして警備の男に差し出した。
「はい。OKです」
そう言うと襟の所にある、トランシーバーのスイッチを入れた。
「二名許可。ゲート開けて」
黒田がお辞儀をして窓を閉める。トラックが動き出した。
『ギギギギギ』
金属音がして、ゲートが開き始める。黒田と黒井は、ホッとしていた。しかしそれが、一瞬にして警戒に変わる。
ゲートが途中で止まったのだ。慌ててブレーキを踏む。
「何だ?」
黒田が叫んだ。その時だった。サーチライトが、トラックを照らす。黒井は目つきが鋭くなり、身構える。が、何も見えない。
ゲートを操作していた男が発したであろう声が、サーチライトの向こうから、スピーカーを通じて響く。
『シートベルト締めて下さい』
黒田は慌てて確認するが、自分は締めている。黒井の方を見ると、さっき外したままになっている。
「なんだぁ」「直ぐ締めます」
多分聞こえていないが、そう言って、黒井はシートベルトを締めた。そして、サーチライトに向かって敬礼をする。
『お気をつけて』
そう聞こえたかと思ったら、サーチライトが消えた。ゲートが開き始める。良く見ると信号があった。それが青になる。
トラックは再び走り出し、ゲートを通過した。
その先は街灯も何もない、東京アンダーグラウンドである。
「びっくりしたねぇ」「あぁ。バレたかと思ったよぉ」
ゲートの明かりが後ろになるにつれ、段々と暗闇が二人を包む。しかし、初めて安堵の表情が現れた。ここまでくれば安心だ。
黒田と黒井が乗ったトラックは、住宅地であったであろう場所に作られた道を走り、右に曲がって国道六号に戻った。そのまま、ヘッドライトの明かりだけを頼りに、言問橋を目指す。
二人は、アンダーグラウンドに帰って来たのだ。




