ムズイ(十一)
「所で、牧夫は『母屋無事』って言ってたけど、本当の所は、どうなの?」
真顔に戻った本吉が孝雄に聞く。
「丁度、二百五十六回の攻撃を受けて、ちゃんと三号機ちゃんが撃退しています。ご心配無用です」
ニッコリ笑って頷く。それを見て、本吉も頷く。
「三号機ちゃん、優秀だねぇ」
「だ、そうですよ?」
誰に言っているのか。天井を見上げて、孝雄が声をかけた。
『ありがとうございます。本部長本部長』
人工音声が、天井から聞こえてきたではないか。しかしそれを聞いた本吉が、慌てている。
「おいおい。そっちの名前はぁ、まぁ、良いや」
苦笑いで打ち切る。理由を知っている孝雄は苦笑い。
「仕方ないですよ。仕込んだの、牧夫ですから」
そう言って、両手を上にあげる。本吉も納得だ。
「そう言えば、今日の侵入者のツールさ、『コトリンパ製』って聞いて思い出したんだけど」
人差し指を振りながら、本吉が話を変える。表情はそのままだが、良くない話であることは明白。
孝雄のかみさんより、付き合いが長いのだ。
「あぁ、『コト』繋がりですよね。それ、私も思いました」
深刻な顔をしながら頷く。
「流石だね。そう。五年前の、あの『コトコト』だよ。最近、どう? 俺も追ってるんだけど、どうもすり抜けるんだよねぇ」
本吉にも手に余る『つわもの』のようだ。
「はい。琴坂琴美ですよね。把握しています。
最近の侵入は、大学の学食サーバーに侵入して、
月間メニューを先読みしたり、
ポイントデータベースにアクセスして、
ポイント残高がマイページに表示されている残高と、
ちゃんと一致しているか確認したり、
有効期限算出プログラムの、ソースを眺めていますね」
深刻な顔をして、孝雄が説明しているが、本吉は、段々不思議な顔に変わる。
「おいおい、あの『コトコト』が、かぁ?」
信じられない様子で、本吉が確認するが、孝雄だって、別に好きこのんで嘘をついている訳ではない。
「せんぱーい。本当ですってぇ。参照のみです」
ちょっと苦笑いして、孝雄は右手を振った。それでも、本吉には、信じられないようだ。
「本当でぇ? だって、海さんからも、陸さんからも、マークされてるんでしょ?」
不思議そうにしていた顔が、渋い顔になる。それを見て、孝雄の声がひそひそ声になった。
「ナイショですが、陸さんの子は落ちて、空さんの子みたいです」
手を添えて言うと、本吉の顔が、一瞬「ギョッ」となって、直ぐに戻った。
「大佐の関係者が? そんなに難しい学校じゃないんだろ?」
「素行不良みたいです」
口をへの字にした孝雄が言うと、本吉の顔が少し緩んだ。そんなこともあるのが、世の中だ。
「なんだぁ。しょうがないなぁ」
本吉の苦笑いを見て、孝雄も苦笑いだ。
「ゲムラー大佐の所も、人材不足ですなぁ」
それを聞いた本吉の顔が、突如凍り付く。
「馬鹿。その名前を出しちゃダメだろっ」
「あっ。すいません」
孝雄も気が付いて、直ぐに自分の口を塞ぐ。
この『大佐』というのは暗号で『軍のまぁまぁ偉い人』という意味であって、本当の階級は秘密だ。
もちろん『氏名』『年齢』『現住所』『口座番号』『家族構成』『家族構成その二』『性癖』『クレジットカードの使用履歴』も、秘密である。
「消されちゃっても、知ぃらぁなぁいぃ」
冗談でも言うように、本吉はセキュリティゲートに向かう。
「えぇっ。助けて下さいよぉ」
苦笑いで孝雄も、その後を追う。
『ピピピッ』
セキュリティゲートが、本吉を止める。何だろうと思って、本吉は監視カメラを凝視した。
『お席に、忘れ物がございます』
三号機ちゃんの声がして、振り返った。
確かに。指揮官席に空き缶が置いてある。
「あれ、牧夫のだから」
そう言うと、ドアがシュっと開いた。本吉が、セキュリティゲートを通り抜けていく。
次は孝雄の番だ。
『ピピピッ』
やっぱり音が鳴って、孝雄を止める。
「あれ、牧夫のだから」
そう言って指さす。これで通れるはずだ。
『届けてあげて下さい。席、近くですよね』
ダメだった。三号機ちゃんが、冷静に言う。
孝雄は渋い顔だ。何で俺がぁ。
「えぇ、俺なのぉ? 三号機ちゃん、牧夫に甘くない?」
『そんなことはありません。さいごですから』
「牧夫呼べば良いじゃーん」
駄々を捏ねてみる。
『黒電話には侵入デキマセン』
そう言われては、孝雄も渋い顔である。
「しょうがないなぁ。もう!」
ぶつぶつ言いながら指揮官席に行き、缶を手にする。
「飲みかけじゃーん」
渋い顔をして、セキュリティゲートに戻って来る。
「はいはい。これで、忘れ物はないですよぉ。三号機ちゃん、開けてぇ。開けゴマ油! ですよぉ」
飲みかけを溢さないように、そっと両手を開いてアピールする。
『油は余計です』
ダメだった。どうしても『開けゴマ』と、言わせたいのか。
「いいからぁ。もぉぉっ。拘るねぇ。親の顔が見たいよぉ」
そう言うと、シュっとドアが開く。
三号機ちゃんも、そう言われてしまっては、ちょっとは妥協もしてくれるようだ。
『高田部長、お疲れ様でした』
人工音声が鳴り響くセキュリティゲートを、孝雄が通り過ぎて行く。ちょっと笑っていた。
なぜならそこには、小さな鏡が、用意されていたからだ。




