ムズイ(九)
「この茶番、いつまで続くんですか?」
薄笑いを浮かべて山崎が富沢部長に聞く。
「本部長が飽きるまで?」
突き立てた親指で、後ろになった薄荷乃部屋を指す。
そして苦虫を潰した顔をして、自分の首の前で横に振り抜く。そして肘にも力を込め、強く下に振り下ろす。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
とても下品だ。
「何で『L2(レイヤーツゥ)スイッチ通過』が、『第一障壁突破されました』なんですか? 全然関係ないですよね?」
溜息をして、山崎が富沢部長に聞く。
「しょうがないじゃない。『台本』がそうなっているんだからぁ」
そう言って、両手を上にあげる。
各員の端末前には『報告用文言の変換表』、通称『台本』がある。
「じゃぁ認証ゲートウェイで検疫ネットに誘導されたのが、何で『第二障壁突破されました』なんですか? 突破されてないすよね?」
質問したのは、宮園課長だ。
「そりゃぁ、突破されたことなんて、無いからよぉ」
「えー。意味なしっすかぁ」
「えー。それだけぇ?」
薄笑いを浮かべる富沢部長に対し、宮園課長も山崎も、不満げだ。
「つまんないでしょぉ?」
本当は、富沢部長も楽しんでいるのでは? そんな気もする笑顔を見せる。
「何か、こんなの聞くのも嫌なんですけどぉ」
「じゃぁ、聞かない方が良いんじゃない?」
山崎の発言を、富沢部長が止める。
「いやいや、あの『第三障壁の耐久度』って、何なんですか?」
手を振りながら、笑顔で山崎が聞き直す。
「あぁ、あれね。うーん。聞かない方が良いんじゃない?」
もったいぶったように、濁す。
「教えて下さい!」
「お願いします!」
宮園課長と山崎が、揃って頼む。
二人共、覚悟は出来ているようだ。富沢部長は頷いた。
「あれはねぇ、『パスワードの桁数』よ。百桁あるの」
目を見開き、笑顔でさらっと言う。
「え? それだけ?」
「多いなぁ。でも、何だぁそれぇ?」
二人は呆れた。宮園課長は眉をひそめる。
「と言うことは、ですよ? あの『サンダー』ってのは?」
「パスワードの変更よぉ」
富沢部長が笑いながら両手をあげる。
「やっぱりぃ」
何だか仰々しく『承認』した宮園課長がうな垂れる。
「そんなの、さっさとやればいいのにぃ」
台本通り『緊急プロトコル』と、接頭語まで付けて読み上げた山崎は、上を見上げ、左手で頭をガリガリやっている。
「だから馬鹿に、やらせておけば良いのよぉ」
大きくため息をして、富沢部長がうな垂れる。そんな流れで、時計を見る。ほら、もうこんな時間だ。
「あ、空き缶捨ててきますよ」
そう言って、宮園課長が手を差し出す。
「あら、ごめんなさいね。お願いします」
富沢部長が、右手に持っていたブラックコーシーの空き缶を差し出す。
それを見て、山崎も右手に持っていたイチゴ牛乳のパックを差し出す。
「ごちそうさまでした」
宮園課長は『両手に空き缶』の状態。しかし、それが奴にはお似合いだ。
「どうせ、主任の奢りだったんでしょ?」
「あっ、バレました?」
富沢部長は苦笑いする。
「やっぱり。主任もそういう所は、気が利きますよねぇ」
山崎も感心して頷く。みんなの好みを、しっかり押さえているのも流石である。
「今度会ったら、お礼言っといて」
「あと、またお願いしますって」
「判りましたぁ」
三人は笑顔のまま、エレベーターホールの前で別れた。
ここから先は、富沢部長と、宮園課長と、山崎である。
接点は何もない。素性も知らない。世間も知らない。




