アンダーグラウンド掃討作戦(百七十五)
角を曲がった先に、目指す独房がある。
主に『掴まえた捕虜』をご案内する場所であるが、今は一人だ。
まだ戦闘は始まっていない。いや、普段から『小競り合い』はあるのだが、大体が『その場に放置』なので利用の機会がないだけだ。
「ヤァァッ!」(パシッ! カラーン)
鉄格子の間から飛び出たナイフ。その渾身の一撃を、黒田はいとも簡単に払い除ける。するとナイフは床に転がった。
「ごめん、大丈夫? 痛くなかったかい?」
後から追い付いた黒井は、その様子に驚愕していた。
むしろ『気持ち悪い』とも思う。何故なら『刺そうとした相手』を優しく気遣っていたからだ。どういう風の吹き回しか。
それどころか、直ぐにナイフを拾いに行ったのもそう。驚きだ。
挙句、ナイフを拾うと、付いたであろう『埃』をパンパンと払い、明かりにかざして『刃こぼれ』がないか確認する始末。
「うん。良いナイフだな。大丈夫だ」
持ち手に彫られた飾り文字『M』と『S』はイニシャルだろうか。
それを確認するように見つめると、刃の方を掴み持ち手の方を差し出した。再び刺されるかもしれないのに、どうやら返すようだ。
「黒田さん、何やってんですかぁ」「良いんだよっ」
むしろ『刺した方』が、『ポカーン』としているではないか。
顎を突き出すように何度も前に出して、それが『礼』のつもりのようだ。受け取ったナイフと黒田の目を交互に見ている。
すると、おもむろに振り返り背中を見せた。
左手でジャージの腹の辺りをグイッと引っ張り、右手に持ったナイフで自分の足を切らないように、そっとしまっている。
「おいおいっ! そっちも何やってんのっ!」「良いんだよっ」
「よかないでしょう! 刺されたんですよ?」「刺さってないし」
鉄格子の前で黒井と黒田が言い争う。意味が判らないではないか。
ブラック・ゼロの『秘密通信』を使い、よりによって『敵の情報』を流そうとした『不届き者』が現れたのだ。
しかも『秘密通信』に使われた、通称『大佐切手』は、黒田の『元相棒の遺品』と、言うではないか。黒田の相棒を『殺した犯人』と疑われても、おかしくはないと言うのに。
黒井の目の前で、ジャージの位置を直した女が振り返った。
「ねぇ、『おじいちゃん』なの?」「はぁ? 判んの?」
黒田は紙袋を被って顔を隠している。それでも、そこはかとなく醸し出される雰囲気から、『じじぃ』であると判ったらしい。
思わず声を上げたのは『ノーマスク』の方、素顔の黒井だ。
『チガイマスヨォ。ワタシハ、マダマダ、ワカイデスヨォ』「ブッ」
黒田が甲高い声で答えた。抑揚もなく『棒読み』だ。
思わず黒井は吹き出してしまった。しかし女は、そんな黒井は無視して、黒田だけを見つめている。
「おじいちゃん? おじいちゃんなんでしょっ! 生きていたの?」
琴美が小学生の時に亡くなったはずの人。それが目の前に突然現れたのだ。花火もお風呂も一緒だった、大好きな光男じいちゃんが。




