アンダーグラウンド掃討作戦(百七十二)
『あsdfヵじゃあ;lfkじゃ;lkjf;』
「うるせぇなぁ。ちょっとは静かにしてろよぉ」
肩に担いだ麻袋に話し掛けるが、どうやらそれで納まる様子はない。見掛けはただの麻袋だが、中で何かがうごめいている。
『jぇいjf;あlskjf;ぁw;dふぇあsldkfj;あ』
「駄目だ。早いとこ放り込もうぜ」「だな」
何だか顔中ひっかき傷だらけの二人。さっきから耳元で騒がれて、大分うんざりしている。
判読不能な文字が並んでいるのは、おおよそ検閲に引っ掛かってしまうような単語が、びっしりと並んでいるからだ。
一体何処で覚えて来たのだろう。親の顔が見たい。
そう言えば、国が異なる留学生同士が『日本語で喧嘩』しているときに、『お前のかーちゃん出べそ!』と息巻いていたが。
言った方にも驚いたが、言われた方が怒っているのにも驚いた。
そんな日本語、まさか日本語学校で教えているのだろうか。
黒板に書かれた『例題』を、先生の発音に合わせて生徒が読み上げる姿を想像すると笑える。
しかし今の状況は笑えない。やっとゴールに辿り着いた。
普段はM16を肩に掛け、アンダーグラウンドの警備をしている二人なのである。『拉致監禁』は本業ではない。
年寄の方が黒山で、生きの良い麻袋を担いでいる若い方が黒川だ。
「よいしょっと」「sldふぁ;sぇふぁ;ld」
麻袋を床に降ろしても、まだ騒いでいる。
「ここで紐を解くのかぁ?」「離れてからにしようぜ」「だな」
二人は頷くと黒川が紐の端を持ち、麻袋からそっと離れる。
鉄格子の扉を閉めてからグッと紐を解いた。たちまち麻袋の入り口が大きく開いて、中からピチピチの女子大生が現れた。
「あ;sdlふぁjせふぁせfだsdf」
まだ何か言っているが全く判らない。それは口にガムテープが張られているからだ。両手を一応『結束バンド』で締め上げた。
しかし体が柔らかいのか、後ろ手から足を潜らせてあっという間に前へ。続いてスッと立ち上がる。
それと同時に『パチン』と解除して見せたではないか。
「おぉぉ。器用だなぁ(パチパチパチ)」
「凄い凄い。何? 拉致られるの慣れてる感じ?(パチパチパチ)」
一部始終を眺めていた二人は、鉄格子の前で思わず拍手をしていた。感心して思わず質問も飛ぶと言うものだ。
『ベリベリッ』「いってぇぇっ! てめえら全員、ぶっ殺すぞっ!」
自由になった右手で、自分の顔に貼られたガムテープを一気に引き剥がす。そして自由になった口からは、やっと許された『言論の自由』について、行使を始めたようだ。
「おぉぉ。生きが良いなぁ」「じゃぁ、報告に行くか」「そだな」
二人は頷いて女子大生に手を振った。
「こらっ! ここは何処だっ! 私は誰だっ! おいまてっ!」
最近の女子大生は化粧もしなければ、髪も整えないのか。首元がゆるゆるに伸びきったTシャツに、どう見ても学校のジャージ。
寝起きに急いで『生ごみ』を捨てに来たような、そんな恰好だ。




