アンダーグラウンド掃討作戦(百五十六)
突然操舵室が、吹き出す煙に包まれた。
そこら中に広がる煙の中から、『ゲホゲホ』やら『何やってんだっ』やら、耳を澄ませば『楓お嬢様』なんてのも聞こえる。
ついでに言えば、出口を求めて走り出す足音も。
窓を開けようにも『はめ殺し』なので、それは無理。
何しろ昔の『防弾ガラス仕様』のままなのだから。誰も操舵室の中で『煙幕を炊こう』なんて、考えた奴がいなかったのだ。
船上で『花火をしよう』なんて、考えた奴もいなかったのだろう。
窓辺に辿り着いた船長が目にしたのは、甲板から打ち上がる『打ち上げ花火』の数々だった。
『ドーンッ』『ヒュルルルルゥゥゥドーンッパラパラパラァ』
見上げれば、ある意味『心に残る』であろう美しい花火が夜空を照らし、マグロ漁船の船体を鮮やかな色彩で明るく照らしている。
『うぉぉぉ』『あっちぃ』『あぶねっ』『ひぃぃぃ』
そして、花火に照らされた甲板では、さっきまで船の姿勢を保っていた乗組員が、横に飛び出した花火から逃げ場を求めている。
そんな地獄絵図は、後ろから迫る煙で直ぐに見えなくなった。
船長は思う。そしてさしたる『根拠』もなく、色々と決め付け始める。年を取った証拠かもしれないが、今は思わせておく。
魚雷に命中したって、こんなには慌てることはなかったのに。どうなっているんだ。今の若者は。だらしない。
配電盤に海水をぶっかけたのも、操舵室に煙幕を仕掛けたのも、エロ本と新茶を持って行ったのも黒田だ。許せん。断じて許せん。
まだ三回しか使ってない。ちきしょう、最初から狙ってたな?
しかし一番許せないのは、『スイートポテト』を持って行ったことだ。奴にはそれだけで『死』に値する。
食い物の恨みが一番恐ろしいことを、今度会ったら集団で判らせてやる。タイマンでの腹パンは、ちょっと痛過ぎた。
「ゲホゲホッ。おいっ、ゲンゴロウッ! 黒田は何処だっ!」
操舵室から最後に脱出した船長は、通路の窓から顔を出している五十嵐を見つけて声を掛けた。直ぐに振り返る。
「健五郎だよ。パパ、自分の子供の名前くらい」
健一、健二、健三郎、拳志郎、そして源五郎。違う、健五郎と、五人の子持ちの父親にして、何かに影響を受けやすいタイプの男。
それが船長の五十嵐十三郎、その人である。
「うるせぇっ! 黒田は何処だって聞いてるんだよっ!」
振り切るように、大きく横に振った右手が通路の壁に当たって、『バンッ』と大きな音がした。
誰もがその迫力に驚いているのだが、一番驚いているのは船長自身のようだ。誰からも見えない後ろへと回して、痛そうにしている。
「黒田なら、雨降る海に落ちたよ。大分前に」
五十嵐が海を指さした。船長も窓から海を眺めたが、そこは波が高い、暗いくらーい海である。
「良くやった! それでこそ我が息子だっ!」
笑顔で抱き抱えようとしたのだが、だとしたら『魚雷の犯人』も黒田に思えて来て、ピタッと足が止まった。




