アンダーグラウンド掃討作戦(百五十)
五十嵐は表情一つ変えずに、楓の唇からスイートポテトを奪う。
食べ掛けのお菓子なんぞ『グリーンピースを食べる係』にしてみれば、それと同じようなものだ。床に捨てる訳にも行かないし。
パクンと一口に飲み込んで、胃液の海へと落とすのみ。
「楓お嬢様、本当に『非常事態』なんです」「あらふぉぉ?」
五十嵐にあげるつもりでいた方のスイートポテトを、楓は容赦なく口へと入れていた。そのまま鏡の前で水着のポーズを決めている。
見れば好物なのか『箱』での用意。空きスペースは三個分。それで何回分の夜食なのかは知らないが、まだまだ在庫は十分そうだ。
「この船、沈みますよ?」『ブゥーッ!』
驚いた楓は、そのポーズのまま『鏡に映る自分の顔』に向かって、スイートポテトを噴き出した。凝った装飾の付いた鏡なのに。
「ちょっと五十嵐ぃ!」「あぁあぁ、申し訳ございません!」
楓の怒りは五十嵐にとって『理不尽』かもしれないが、そこは謝るのが筋と言うものだろう。ハンカチを取り出して拭きに掛かる。
「これ『お気に入り』だったのにぃ。ベトベトじゃないぃ」
五十嵐が出したハンカチを、楓がパッと取り上げて自らが拭く。
そっと拭けば何とかなるだろう。
「後でクリーニングに出して置きます。『フワフワ仕上げ』で」
「何よその『フワフワ仕上げ』ってぇ。もぉっ、ハンカチの方?」
拭き続けながら苦言を漏らすが、楓本人も苦笑いだ。
「どうしたの? 『クラーケン』でも出たの?」
「いいえ。『クラーケン』だったら、水族館に売れたのですがぁ」
「そうねぇ。高く売れるかもねぇ。築地市場に出しても良いわねぇ」
「それは『タコの相場』が、相当値崩れするものと思われます」
にやりと笑って要らぬ心配をする。すると楓も『そうかも』と思ったのか、クスっと笑った。
「じゃぁ、何が出たの? 『ダイオウイカ』以外で」
先に『クラーケン』と振ったのは楓なのに、ダイオウイカの防御線を張っての問い。楓は『鯨』か『鯱』だと思っている。
「実は『魚雷』らしくてですねぇ。機関室がやられたみたいです」
「あらそう。何? 『ポセイドン』かしら?」
「いやいやそんなの来てたら、今頃『蒸発』していますよ!」
「まさかの『Mk五四』とか? ハワイからシューっと!」
「無い無い。ハワイからは遠過ぎです」「じゃぁ、グアムから?」
「ちょっと、アメリカとは『ドンパチ』してないじゃないですかぁ」
「じゃぁ何よ。まさかの『酸素魚雷』じゃぁ、ないでしょうね?」
漫才にしては物騒な『ネタ』である。しかも沈み行く船の中で。
鏡を拭き終わって満足そうに笑う楓が、そこに五十嵐の顔を見たのだが。五十嵐は首を傾げているだけで笑ってはいない。
「だったりして?」
首を反対側に傾けながら、五十嵐が『素敵な笑顔』になった。
その笑顔には何やら見覚えがある。確か『自由工作』をお願いしておいたのに、サボって誤魔化したときの顔だ。
「なっ、何、本当なのっ? ちょっと、早く言いなさいよっ!」
急に慌てる楓を前に、五十嵐は訳も判らず不思議に思うだけだ。




