アンダーグラウンド掃討作戦(百四十五)
「総員起こしっ! 急げっ!」「はいっ!」
「救命胴衣を装着して、甲板に集合せよっ!」「外は雨ですが?」
その問いに、副長は暫し黙った。
「構わんっ! 雨具でもビニール袋でも何でも良いから、被れっ!」
やっぱり、船が沈む最悪の事態を考慮すれば、そうなるだろう。
「承知しましたっ!」
航海士が艦内放送のマイクを握り締めた所で、副長が更に指示を追加しようとして、手をバタバタと振っている。
「あぁぁっと、ちょっと待てぇっ」「はいぃ? 何でしょう?」
「水密扉を全部閉めるんだっ! それも急いで!」「全部ですか?」
「全部だよ全部っ! 未確認だが、機関室から浸水しているぞっ!」
「えっ? 本当ですか? 推力はどんな感じ?」
航海士が、副長から操舵士の方へ目を転じる。まだ一生懸命舵を操舵しているのだが、その表情は冴えない。
「機関出力、無くなりました。ゼロです。左右とも」
二軸あるスクリューが同時に停止してしまうとは、意味が判らない。老いたとは言え、この船は元駆逐艦。兵器。戦争用なのだが。
仮に『魚雷一発食らっただけ』だとしても、そこまでになる?
副長は窓の外を見回して、何かを探している。
すると、遠くに見える『一点の明かり』を見つけた。直ぐに左手で長井を呼び寄せながら、右手を伸ばして明かりを指さす。
「長井、島風に向かって救助を要請してくれっ!」
今度は手を開いたり閉じたりして、『発光信号』を再現している。
長井はそのパチクリを見て直ぐに頷いた。
「判りましたっ!」
操舵室の横に、発光信号のスイッチがある。
雨に溶けなければ屋外設置でも良いのだろうが、ここは雨が降る可能性が、いや、雨に濡れると溶けてしまう可能性がある世界。
屋内からでも『カチカチ』と、発光信号が送れるようになっているという訳だ。監視係もすぐ横に来て双眼鏡を覗くと、通信を読み取る準備を始めた。
長井が『発光器のスイッチ』を入れた瞬間だ。
『パツンッ』「あっ、消えたっ!」「明かりがっ!」
操舵室の電灯が、全部一斉に消えた。驚いて総員が上を見る。
見れば残されているのは、薄暗い非常灯の明かりだけ。何が起きたのか、皆目見当も付かないが大変な事態である。
見下ろせば『計器の方』はと言うと、残念。こちらは全て消えてしまっているではないか。
すると聞こえて来るのは、風の音と波の音だけである。
「放送入れたかっ?」「まだでしたっ!」
マイクを持ったままの航海士が、薄明りに照らされて突っ立っていた。そして『ハッ』と気が付いて、マイクのスイッチを入れる。
すると『あぁ、ダメだ』と思ったのか、マイクをガチャンと置く。
「ダメでしたっ!」
「ダメでしたじゃねぇっ! 伝令急げっ!」「はいっ!」
「中井は船長を起こして来るんだっ!」「えぇぇっ!」
こそこそと逃げ出そうとしてる無線技士を、副長は一喝した。




