アンダーグラウンド掃討作戦(百四十四)
「面舵、方位2ー7ー0へ回頭します」
「『いっぱい』だっ! 急げっ!」「はいっ!」
幾ら『船長命令』でも、出来ないことはある。
例えば全速力である『最大戦速』で航行中に、いきなり目一杯の操舵をすれば、舵が壊れてしまう危険性もあるし、船体だって大きく傾くのは避けられない。
すると物品が飛び出して、乗員に怪我人が出る恐れもある。
とにかく、何らかの『不測の事態』を招く要因だ。
だから操舵士は、慎重に面舵を切っていた。
現在の速度は両舷原速、大して速くはない。しかし夜中であるからにして、寝ている乗員もだが、不測の事態も起こしたくはない。
右のスクリューの速度を緩め、左は逆に速める。すると舵の利きも相まって、安全に面舵が切れるのだ。
『ゴンッ』「何だっ!」
何だか少し揺れた。しかし直ぐに収まる。
大きな音はしなかったが、やけに響いた鈍い音。副長は咄嗟に操舵室を見回したが、これと言って特に大きな変化は見当たらない。
それにしても何の音だろう。鯨だろうか。
いや違う。もっと硬い物だ。まるで鉄と鉄の塊同士が、激しくぶつかったような感じ。しかも突然後ろから。
「副長っ! 機関の出力が低下していきますっ!」
「何だって? 機関室を呼び出せっ!」「はいっ!」
航海士が内線電話で、機関室を呼び出しに掛かる。
その頃マグロ漁船は、やっと右へと曲がり始めていた。大きな船は、舵を切ってから曲がり始めるまで時間が掛るものだ。
すると操舵士が首を傾げ始める。
「副長っ! 大変ですっ!」
「今度は何だっ!」「舵が戻りませんっ!」
操舵士は前と手元を交互に見ていて、副長の方には振り返らない。
しかしその慌てっぷりから、異常事態であることは明らかだ。
「何だって?」「面舵いっぱいのまま戻りませんっ!」
操舵士がパッと振り返って答えた。直ぐに前を向く。
「この速度で、舵が壊れるかぁ?」
「いえ、そんなはずないのですが。重っ、急に何だコレッ!」
報告の途中から、ただのボヤキに変わっていた。しかしグイグイと力任せに操舵した所で、結果は何も変わらない。
「副長、機関室が大騒ぎになっていますっ!」
「あぁ? 報告させろよっ!」「それが『騒音』が凄くて」
航海士が渋い顔で答えた。機関室と繋がった内線電話の受話器を、副長の方に向けている。副長は舌打ちした。
その、何だか変な報告のスタイルに、副長は顔をしかめると艦長席を降りて歩き始めた。艦長代理の時間帯に何てこったである。
「機関室っ! 何が起きているっ! 報告しろっ!」
しかし、受話器の向こうから聞こえて来るのは、航海士の言う通り聞いたこともない凄い騒音だ。擦れ合う金属音と罵声。それに『出しっぱなしの水道』のような音も。支払いに困りそうな感じで。
『ドッゴーン! うわぁぁぁ。退避っ! 逃げろぉっ!」
凄まじい爆音が加わって、副長は思わず受話器を放り投げた。




