ムズイ(四)
課長席の電話が鳴った。忙しそうにキーボードを打鍵していた琴坂は、迷惑そうに受話器を上げる。
「こちら『ホーク』」
「違うだろ。『カイト』だろ」
「あ、すいません『カイト』です」
「『です』を付けるな。やり直し(がちゃ)」
琴坂の周りで薄笑いが起こっているが、ディスプレイの陰になって見えない。再び電話が鳴る。
「こちら『カイト』」
「イーグル。緊急呼出。オペレーションルームに集合」
「部長、何処の会議室ですか?」
「馬鹿。『イーグル』だ。やり直し(がちゃ)」
琴坂は口をへの字にして、肩を落とす。琴坂の後ろでは、スポーツ新聞で顔を隠した、高田部長が、電話のフックをカチャカチャしている。
「こちら『カイト』」
「イーグル。緊急呼出。オペレーションルームに集合」
「了解。どこの会議室ですか?」
「馬鹿。『オペレーションルーム』って言っただろ? お前は『会議室』と書いて、『オペレーションルーム』って言うのか?」
「すいません」
「それに、緊急呼出なんだから、端末無いとダメだろうがっ。まったく」
「すいません」
「早く、薄荷飴を招集しろっ」
オフィスのあちらこちらから、薄笑いが聞こえて来る。
「え? 部っ、部長が緊急呼出するんじゃないんですか?」
「しょうがねぇじゃねえか。黒電話は、お前の所にしかないんだからさぁ」
「すいません」
「早くしろっ」
「はいっ。失礼します」
琴坂は、電話にお辞儀をして、静かに受話器を置いた。
「ウオッフォン」
一つ咳払い。そして、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
何だか皆、下を向いて笑っているようにも見えるが、気のせいだ。ここはいつも明るい職場だし、仲間も皆、気の良い奴らばかりだし。
うん。よしっ。頑張ろう!
一人頷いて、すぐ後ろの部長席に向かう。
「失礼します。部長、少しお時間良いですか?」
部長の高田は、丁度電話が終わった所だ。そっと受話器を置いている。まるで電話で『馬券』でも、買っているかのようだが。
「おう、何だ? どうした、そんなに慌てて」
バサバサとスポーツ新聞を畳んで、机に置いた。
琴坂は一礼すると説明を始める。
「緊急事態が発生したとのことで、対策チームを集めることになりました」
琴坂の渋い表情を見て、高田の眉間にもしわが寄る。
「そうか。判った。何処の会議室だ?」
「いえ、会議室ではなく、オペレーションルームにお願いします」
「何? それは一大事だな。判った。対策チームには琴坂君、君から連絡してくれ。俺は、本部長に連絡する」
高田はスッと立ち上がる。
姓を本部、名を長。その実態は本部長の顔を思い浮かべただけで、緊張が走る。
「了解しました。では、急ぎますので。失礼します」
琴坂が一礼して、小走りに部長席を離れて行く。高田はそんな琴坂に、声をかけた。
「おう。急いでな。被害は最小限に食い止めよう!」
そう言って、右手の拳をあげる。琴坂は首だけ振り向く。
「はい!」
元気良く返事をして、ドアへ走る。
久し振りに、ハッカー全員が集合だ。




