アンダーグラウンド掃討作戦(百四十)
黒潮と言っても、それは『日本海流』のことではない。
日本海軍の元駆逐艦の艦名で、今は通称『マグロ漁船』と言われている船のことだ。吉野財閥自衛隊所属の練習艦である。
今日の大日本帝国経済の八十%以上は、大小様々な財閥の影響下にあり、そこに今更『一個人』の付け入る隙はない。
地方に至っては、地主が主体となって起業した『農業法人』が、農地の殆どを占有しており、米の品種改良は今や財閥の手に掛かっていると言って良い。『ブランド米』とは、本当にブランドなのだ。
だから、財閥の海外資産を『自己防衛するため』と称して、各々の財閥は『自前の軍隊』を保有している。規模は色々だが。
これも『日本軍』と一応は区別するために、『〇〇財閥自衛隊』と呼称しているが、所詮実態は『軍隊』である。
その証拠に、海外へ派遣される場合は『〇〇独立部隊』という名目で日本軍を名乗り、日章旗、旭日旗を堂々と掲揚しているのだ。
とは言っても、そこは『民間企業』であるのも確か。
勝手にバンバン最新兵器を作られても、それはそれで困ってしまう。だから、大型の兵器については『日本軍からのお下がり』であって、それを大事に使い続けている、という訳だ。
そう言えば昔、ほぼ完成した戦艦を『建造計画を途中で破棄する』なんてことにして、財閥に払い下げられたことがあった。
国会議員の逮捕者が出るなど世間を騒がせた、『造船疑獄』なんて呼ばれたその事件は、指揮権を発動して無理矢理終息している。
「温情だ。信管は外しておけ」「承知しました」
黒田の指示に、躊躇なく艦長が従う。
魚雷の発射可否について、そこに副長が『良いのですか?』と、口を挟む余地はない。大佐が撃つと言ったら撃つのだ。
「目標『黒潮』、距離七百。方位2ー2ー5」
「スクリュー音、セットしました」
艦長がマイクを掴む。
「発射管室、信管を外した音響魚雷装填、参番」
『信管を外した音響魚雷装填、参番了解』
すると無機質な返事が、ノータイムで返って来た。後は魚雷発射管に海水が注水されるまで、しばし待つばかりだ。
「水密戸は、当然、閉じてるよな?」
「どうでしょう? 今は『マグロ漁船』ですから」
黒田から突然の確認だが、聞かれた艦長も流石にそれは答えようがない。戦闘態勢になっていれば、当然閉鎖している筈だが。
「まっ、しょうがないか」
『信管を外した音響魚雷装填完了』
丁度発射管室からの返事があって、艦長は答えを濁す。
「魚雷発射、参番」『魚雷発射、参番了解』
「参番、魚雷発射を確認」
黒田と艦長は目を合わせて頷いた。スクリュー音を探知して進む音響魚雷が、ただ単に真っすぐ進む『マグロ漁船』を外す訳もない。
「回頭方位0ー0ー0。第一戦速。深度百三十」




