アンダーグラウンド掃討作戦(百三十六)
「まっ、時間がないんで、後は実戦でお願いします」
笑顔の鈴木に言われて、黒井は嫌な予感が頭をよぎる。
「えっ? 今すぐ行くの?」「だと思うけど?」
「嘘だろぉ? あのじじぃぃっ、まぁた無茶なことをぉっ!」
コックピットを覗き込んでいた黒井が一旦顔を上げ、直ぐに床の方を見た。鈴木はピンと来た。今の言葉と顔の向き。
睨み付けているのはどうやら『機関室』の方だが、怒りのままに梯子を蹴っているその足が『誰向けなのか』は判る。
「駄目だよ。大佐を蹴っちゃぁ。怒られぞ?」
「大丈夫だよ。そんなんで怒られやしねぇよ」
心配無用とばかりに手を振って答える。
そうだ。黒田ケツを実際に蹴っ飛ばしたことだってあるし、弁当の沢庵を横取りしたことだってある。そんなのお互い様だ。
「いや、艦長にだよ艦長。ああ見えて、艦長怒ると怖いからな?」
「そうなの? でも、そんなこと言われたって、困るなぁ」
同じ『中佐』とは言え、艦長の方が明らかに年上だし貫禄もある。
潜水艦の艦長と戦闘機乗りが同じ階級であることは、別に普通のことなのだから、それは良い。
しかし『部下の数』で言えば、圧倒的に艦長の方が有利である。
もしも『ヤレ』の一言があったなら、果たして何人の部下が飛び掛かって来るのだろうか。
一番厄介なのは、目の前の鈴木なのだけれども。
「悪かったよ。ココでは大人しくしてるよ」「あぁ。それが良い」
安心したように鈴木が笑う。どうやら鈴木も艦長の命令とは言え、黒井に飛び掛かるのは気が引けたようだ。
「でもさぁ、お前は知らないから、そんなこと言えるんだよ」
「そうなのかぁ? 伝説の『凄い人』としか聞いてないけど」
「伝説とか関係ねぇから。もうね、じじぃの面倒見るのは大変!」
「だからお前、『じじぃ』はっ!」
笑いながら話をしていたら、二人の声はいつの間にか大きくなっていた。ちらっと振り返ったが大丈夫。
格納庫に居合わせた他の奴らには、聴かれてはいなさそう。
皆下を向いて、肩を震わせているだけだ。帽子を脱いで、口に咥えているのは意味不明だが。
「声がでかいよ」「すまん。すまん」
立ち止まっていた搭乗員達が動き出し、格納庫での作業が再開していた。誰も晴嵐の二人を覗き見たりはしない。
黒井はそんな格納庫の隅に、新しく設置された機械に目が行った。
その機械の周りだけが何だか新しい。もしかして、掃除をしただけかもしれないが、そうとも言い切れない。
黒井は晴嵐から伸びるケーブルを、目で追っていた。それは『燃料ケーブル』とも『電源ケーブル』とも違う。何だろうと。
そのケーブルの行先が、壁際の機械だったのだ。
「よろしくお願いします」「どうも?」
黒井は係員と目が合って、二人は思わず会釈した。




