ムズイ(三)
「ちょっと、あんた達、起きなさーい」
「グーグー」「すやすや」「むにゃむにゃ、もう食べられにゃい」
にこやかな寝たふりである。琴美は呆れ顔だ。
「講義が始まりますよー」
琴美がそう言うと、三人がパッと起きて、慌てて時計を見る。
「まだじゃぁん」
楓が苦情を言う。絵理も嫌そうにしている。
「そういうの、止めようよ。兄貴が『トランペットの曲』で飛び起きるのは、面白いんだけどさぁ」
「あっ、それ家もやったことある! 飛び起きるよね!」
「そうそう! 凄いよねぇ」
絵理の兄も、美里の兄も、実家で『のんびり』出来ないらしい。お気の毒様である。
「そうなんだぁ。軍人さんは大変だねぇ」
起こした琴美が、同情を寄せる。
「ところで琴美さぁ、『そういう研究』に進みたいの?」
楓に言われて、琴美は、急に言葉に詰まる。
雨に当たって人が溶けるなんて、思いもしていなかった。だから、ちょっと調べてみたかった。
しかし、昨日ちょっと調べて見たが、何だか判らない単語が一杯並んでいて、難しそうだ。生物って複雑。
「うーん。不思議だからかなぁ」
考えても答えは出ない。楓が真顔で琴美に語る。
「真実を追い求めることが目的なの? 琴美が『将来これをやりたい』っていう、『夢』とか『希望』はないの?」
右ひじをテーブルに付け、前のめりにで聞いて来る。まるで、高校の進路相談のようだ。琴美は考える。
「うーん。正直まだ判らない。世の中、判らないことばっかでさぁ」
そう言って琴美は、両手を頭の上に乗せ、体を反らせて上を見た。
この世界に高校一年でやって来て、もうすぐ三年。大分慣れた。世界の盛衰は随分違うが、家族や身の回りの様子は、何も変わらない。本当に、何もだ。不思議と。
だから思う。そう、『あの頃の自分』は、『自分の記憶だけにある世界』となって、やがて消滅するのだ。
「果たして『前の自分』は、何をしたかったんだろう。とかぁ、
『今の自分』は、何なんだろう。とかぁ、
『これからの自分』は、どうなってしまうんだろう。とかぁ。
判らないことだらけ、なんだよねぇ」
口をへの字に曲げて、元に戻った。三人がポカーンとしている。
「琴美、それは『記憶喪失』ですか?」
真顔で絵理に言われ、『ちゃうちゃう』と手を横に振る。
「貴方は『琴坂琴美』おとめ座の十八歳、血液型はAB型ですよー」
真顔で美里に言われ、『うんうん』と頷く。
「本当は二年浪人して、一年生三回目の二十三歳ですよー」
「違うわっ!」
苦笑いして叫んだ。




