アンダーグラウンド掃討作戦(百三十二)
マグロ漁船が遠ざかると、辺りは漆黒の闇に包まれた。
何も見えない。点滅しているビーコンが明るくなる度に、黒田の表情が目まぐるしく変わっている。何れも変顔だ。ムカつく。
それに比べるとアルバトロスの方が、ずっと冷静にも思える。
浮き輪をしっかりと握りしめてはいるものの、時折波の頂上で吹く風に煽られて寒いのだろう。頭頂部を気にしている。
黒井はそろそろ、限界に達していた。肩までどっぷりと海中に沈み、浮き輪に掴まっている手も悴む。
反対の手は空にビーコンを掲げている。落とさないように、水で濡れないように気を使いながら。
あっ、また黒田の変顔。『ベロベロバー』じゃねぇよっ!
デブのアルバトロスと違って『筋肉質』の黒井は、海中での『耐久度』を比較すればやや不利である。
まぁ、このままプカプカしているだけなら、どちらも『水漬く屍』と相成るのは判り切っていることだ。
それにしても黒田の変顔は、相変わらずである。
今度は『鼻毛ブー』か。きちゃない。『いい加減にしろ』と言いたい所ではあるが、そんな元気もなくなってきた。眠いのもある。
すると突然、黒田の変顔が変わった。
さっきまで黒井の目を見て変顔をし続けていたのに、遠くを眺めているようだ。こんな真っ暗な海で、何を見つめているのやら。
そんなことより、今は睡眠だ。第一優先だ。
いつ来るか判らない救助船。それを海上で待ち続けるには、体力が大事。温存するのだ。気力も体力も。
明日になったら、黒田の野郎にガツンとだなぁ……。
黒井が掲げていた手から、ビーコンが零れ落ちた。
小さく『ポチャン』と音がして、それは三人の運命とは一足早く海の藻屑へ。ゆらゆらと揺れながら、海底を目指して落ちて行く。
魚の群れの中に差し掛かると、赤いランプに驚いたのか魚が避けて泳いでいく。餌にしても大きかったようだ。
やがてビーコンは、『コツン』と小さな音と共に何度かバウンドして停止した。その拍子に、点滅していた赤いランプも消えて、残念ながら壊れてしまったか。
しかしビーコンは、海底に着いた訳ではなかった。
不思議なことに、むしろそこから上昇を始めている。水深二十メートル、十五メートル、十メートル、そして五メートル。
「おい黒井っ! お迎えが来たぞっ!」「天使ですかぁ」
沈みゆく黒井の襟首を掴んだ黒田が、笑いながら声を掛けている。
その隣でアルバトロスは、水音と共に浮上した『黒い物体』に驚愕していた。存在は知っているが、実物は拝んだことがない。
二十メートル程離れた先、漆黒の波間に突如現れたその物体は、角がなく全体的に丸みを帯びている。
そして突然、そこから足元まで一直線上に伸びた島が浮上した。
三人は絡み合ったまま、海中から持ち上げられる。その余りの衝撃に黒井も目を覚まし、辺りを見回した。そして大声を張り上げる。
「でけぇ! 何だこりゃ! てか『イー400』じゃねぇかっ!」




