アンダーグラウンド掃討作戦(百三十一)
夜店の輪投げか。それとも海だからフェリーの輪投げか。
いや違う。海釣りだ。凄くダイナミックな。
アユ釣りのようにジャブジャブと水に入りつつ、食べられない感じの餌、ルアーを放り投げる。するとそれに引っ掛かってと。
とにかく黒井が紐を引っ張ると、海水をガブガブと飲む『大物の豚』が釣れて来た。これは珍しい。普通、海には居ない生物だ。
首にピッタリ嵌った浮き輪を離さないように、両手を使い肩の所でしっかりと抑え込んでいる。
そんな状態で浮き輪を引っ張られたものだから、ずっと顔に波が当たっていたようだ。
「この野郎、殺す気かっ! 俺は泳げないって言ってるだろっ!」
日本語も喋るらしい。凄い早口で。益々もって珍しいではないか。
しかしその実態は、何だか『頭が寂しい』感じがする、アルバトロスではないか。さっきまで、そんな髪型だっただろうか。
「お前、カツラだったのかぁ?」「あっ!」
黒田に言われて、アルバトロスは浮き輪から右手を離し、頭頂部を触る。『ヒンヤリ』としたのか血相を変えた。見えないけど。
そして、流れて行ってしまったカツラを探して、暗い海をキョロキョロし始めた。いや無いから。絶対に、もう無いから。
「ちきしょうっ! 高かったのにっ! 弁償しろよっ!」
「いや知らねぇし」「だよなぁ。それに、『上』だけだろぉ?」
黒井も黒田も、夜の海のように冷たい。アルバトロスは遠ざかるマグロ漁船の明かりを頼りに、まだキョロキョロしている。
「横の方、『周辺部』はまだ有るし。まぁ良いじゃねぇのぉ?」
「良かねぇよっ! 鞭で叩かれても取れなかったのに、何でだっ!」
「そうだったのぉ? 最近のカツラは、良く出来てんなぁ」
感心している二人だが、髪はフサフサである。
「そろそろ良いだろう」「了解」
波間に浮かぶ三人が、互いの服を掴んで一塊になる。黒井が『ビーコン』を取り出すと直ぐにスイッチを入れた。
すると、小さな赤いランプが光り始める。何とも頼りないのだが。
「何だぁ? それぇ?」「ビーコンだよ」
アルバトロスは知らないらしい。口を尖らせている。しかしそれが、『救助に必要な物』であることは瞬時に理解した。
「そんな小さい明かりで、大丈夫なのかぁ?」
「この場合『明かり』は関係ないから。無線だし」
黒井が空を指さした。アルバトロスにもその意味が判った。JPSの電波を捉えているのだろう。それなら納得だ。
「まぁ、あいつなら『タバコの火』でも、発見するだろうけどな」
波間に揺れる黒田がニヤリと笑いながら言う。
すっかり暗くなった海上で、ビーコンの赤い光だけが三人の顔を照らしている。
その中で本日ナンバーワン、ダントツに悪そうな顔をしたのが黒田だ。いつものことだが、笑顔が一番怪しい。
実は黒井もさっきから、辺りをキョロキョロしていた。救助船を探していたのだ。いつまでも、冷たい海中にはいられない。




