アンダーグラウンド掃討作戦(百二十八)
突然、通路の奥にある扉が『バンッ』と開いた。
五十嵐が振り返ると、そこに現れたのは軍曹である。顔を真っ赤にしながら走って来たではないか。見たこともない凄い加速だ。
「うおおおおおっ! くろだぁぁぁっ! このやろぉぉぉっ!」
黒田との会話で戦意を喪失していた五十嵐であったが、その目の前を通り過ぎた。目が血走っていて、おでこには血管が浮いている。
今の軍曹に『恐れ』はおろか、『迷い』もないようだ。
そう言えば軍曹に『本部の指示』を伝えてはいなかった。
いや、そもそも『腕相撲大会』で黒井に負けたことで、『予選落ち』した奴なのだ。今回は『戦力外』として、何も伝えていない。
そもそも船長に報告して『船長案件』になった以上、船長とその直属の部下でのみ、対処する予定だったのだ。軍曹は二段下の男。
本部から『絶対手出し不要』の連絡が来たのは、間の悪いことに船長が、直々に対処しようと豚箱へ赴いた後のことである。
「軍曹っ! 待てっ!」「しねやぁぁぁぁっ!」
仲良く談笑していた三人が、軍曹の方に振り返った。
五十嵐から見て、軍曹が突き進む先にいるのは黒田。その後ろに黒井、扉の手前で怯えているのがアルバトロスだ。
五十嵐は軍曹が『パシッ』と一撃を食らって倒れ、黒田のニヤケ顔が拝めるのだろうと予想していた。
それは『予選落ちした実績』とは言え、マグロ漁船の中では『戦力ダウン』に他ならない。まともに食らったら命の保証は?
これまで荒くれ者達を、良く纏めていた実績は捨てがたい。
既に『軍曹』が定着していて、『本名』は思い出せない。
周りから自然発生的に、いつの間にか『軍曹』と呼ばれるようになっていたのだ。そんな、稀有な存在であることは確かである。
だとしたら、だからこそ、『信頼回復』に努めたいのだろうか。
五十嵐が次の声を掛ける間もなく、軍曹は姿勢を低くして『タックル』の姿勢になった。勢いはどんどん加速するばかりだ。
すると見えて来た黒田の顔は、意外にも『驚きの表情』だった。
五十嵐に見せた、例の『ドンッ』も『パンッ』も『ドスッ』も来ない。そのまま軍曹に付き上げられて、両足が浮いているぞ!
「うぉぉおおっ」「おいおい!」「わぁぁぁ!」「ちょまっ!」
四人が一塊になって移動して行くのを、五十嵐は追い掛ける。
しかし四人は甲板への扉の下、波が入らないように少し高くなっている敷居を偶然にも全員乗り越えて、甲板へと飛び出していた。
「しぃねぇぇぇ!」「おい落ち着けっ!」「待て話し合おうっ!」
「あちっあちぃよっ! くっそぉぉ死にたくねぇっ、ママァァッ!」
雨は小降りにはなっていたが、五十嵐は軍曹を追って甲板にまで出る気にはならなかった。夜の海は波音だけが聞こえ、今は静かだ。
さっきまで四人がいた筈の甲板には、もう軍曹しか残っていない。
信じられないことに軍曹は、『本部の指令』を完遂したと言える。
「軍曹良くやった。早く中に入れっ! 溶けちまうぞっ!」「はい」
戻って来た軍曹の目は、『溶けたって構わない』と決意の目をしていた。そんな軍曹の姿を目の当たりにして、五十嵐は確信する。
硫黄島に上陸させても良いのではと。いや、させるべきだと。




