アンダーグラウンド掃討作戦(百二十六)
雨に濡れて生きている奴を、五十嵐は初めて見た。
世間広しと言えでも、そんな珍しい奴が居たとは。廊下に転がっている部下にも『一目』見せてやりたかったと思う。残念だ。
是非、目の前で『見て』『触れて』そして『感じて』欲しかった。
「俺はどうやら、『異世界人』らしいからなぁ」
膝蹴りをしたのに、そう言いながら肩を回しているのは、何の意味があるのだろうか。言葉の意味も行動も理解不能だ。
五十嵐は早くも『ファイティングポーズ』をとった。
こういう輩は『一発ブチかます』って、書初めで書いたばかりだ。
「どうやって豚箱を出た?」
構えたまま問い、じりじりと間を詰める。
「今更それを聞いて、どうする?」
黒井も身構えた。アルバトロスは起き上がり、踏み台にした黒井のケツを蹴っ飛ばすのを我慢している。人として成長した証だ。
それでも口だけは『バーカ、バーカ』とパクパクさせながら。
「馬鹿言ってんじゃねぇよっ!」『ヒッ』
黒井は後ろから聞こえて来た『小さな音の意味』について、深く考える余裕もない。サラッと聞き流していた。
どうせアルバトロスの野郎が、突っかかって来た五十嵐にビビっただけだ。そうに決まっている。
狭い廊下で、軍人同士の殴り合いが始まっていた。
互いのパンチを受け流した『流儀』を目の当たりにして、『同じ流派』であると悟る。勿論『日本軍』だ。
流れるように、次々と繰り出される拳の一つ一つが、必ず殺すと書いて『必殺の威力』を持ち合わせている。
互いに息を止めての、壮絶な攻防が続いていた。しかし、五十嵐の右ストレートを黒井が左手で弾いた所で、一旦距離を取る。
「お前、中々やるなぁ」「お前もな。重てぇ良いパンチだ」
ニヤリと笑う。五十嵐が痛めていた右拳が痺れたのか、ちょっと振って見せる。そして直ぐに構え直した。
すると黒井の方も、弾いた左手が痺れていたのだろう。構えを解くと、その左手でケツを掻く。そして直ぐに構え直した。
「何だ。ケツから溶けて来たのかぁ?」「見たいのかぁ?」
再びニヤリと笑ってから、第二クールに突撃だ。
今度は『流儀』を変えたのか、『打撃』を止めて『関節技』に変化していた。この二人、技を繰り出しながら笑っている。
殺し合っている筈なのに、何か『ヤヴァイお薬』でも使っているのだろうか。だとしたら納得だ。
『待てこの野郎っ!』『待てと言われて待つ奴がいるかっ!』
五十嵐の後ろが急に騒がしくなった。階段を上がって来る。
続いて聞こえて来たのは、階段を一段飛びで駆け上がって来る音だ。踊り場での足音の変化からして、そうに違いない。
『バタンッ!』「鬼さんこちらぁ!」「ふざけやがってっ!」
『バタンッ!』「はい、ざんねーん」(ドンドン)『開けろっ!』
互いの腕を取り合って戦闘中の二人が、苦笑いに変わった。
どうやら見えていない五十嵐にも、誰が現れたのか判ったようだ。




