アンダーグラウンド掃討作戦(百二十二)
甲板を見回しても『救命ボート』らしき物はない。
あるのは浮き輪が一つ。一応『救命浮き輪』なのだろう。『可愛い絵』の類はなく、オレンジ色の丸い輪だ。
何処かで見たことがあると思ったら、子供の頃にお風呂で遊んでいた『ポンポン蒸気船』に描いてあったヤツ。あれだ。
それを壁から外して、目の前に立つアルバトロスと比較した。
何だか玩具から『飛び出して来た』からだろうか。どう見ても『サイズ感』がバグっている気がする。
アルバトロスの上から被せたら首まで。下から履かせたら『股間』までしか入らない。見比べてみれば確実に。
「そんなんじゃ、俺は行かないからなっ!」
でしょうね。相変わらず胡麻を擦りながらだが、口から飛び出した言葉は食えないセリフである。しかし黒井は苦笑いだ。
「コレしかないし、諦めて逝こうぜ? ほら。雨も小降りだし」
一応譲る。目の前に差し出した。脂肪の塊であるアルバトロスの方が、水には浮きやすいかもしれないのだが。
「駄目だっ! ちゃんと『屋根あり』のを持って来いよっ!」
胡麻擦りを止めて、浮き輪を打ち払う。それどころか、両手を縦に振りながら強く言い張り出した。可哀そうに。必死だな。
しかし、黒田の言葉を真に受けてはいけない。身を亡ぼすだけだと、肝に銘じておくが良い。
黒井は納得したかのように頷く。そして歩き始めた。
「じゃぁ、この浮き輪は俺が使うよ」
真っ直ぐ欄干へ向かって歩く。数歩も歩けば届く距離だ。
見れば確かに雨は小降りになっているが、打ち寄せる波はまだ高い。ここに飛び込んだら命の保証はない。
「ふざけんなよっ! 俺を置いて行く気かっ!」
またまたデカい声だ。そうしてデカい声を張り上げて、誰か来たらどうするんだ? それこそ命がないではないか。
しかしアルバトロスに、そんなことを考えている様子はない。
どこまでも自分勝手に、ワーワー喚き散らしているようにしか見えないのだが。黒井は、黒田の指示とは言え、なんで『こんな奴』を、船から連れ出さないといけないのか判らない。
このまま陸揚げしたって、我儘放題に違いない。いっそのこと、放って置けば良いではないか。
「じゃぁ、お前を連れて行って、何か『良いこと』あるのかよ」
渋い顔になって聞いて見る。しかしそれは、聞かれた本人にとって、かなり屈辱的な言葉であったに違いない。
生きていく『目的』も『意味』も、人それぞれであり、尊重されるべきものだからだ。
「おぉ、お、俺は『ハッカー』だっ!」「だから何だよ」
「只のハッカーじゃない。凄いハッカーだ」「だからぁ。何だよ」
黒井にとって『ハッカー』とは、『悪いイメージ』でしかない。
しかし厳密には、黒井がイメージした『悪いハッカー』とは、本来『クラッカー』と呼ぶべき者である。
それをこの場で、いちいち説明する字数的余裕はないのだが。
「俺は『ミントキャンディーズ』なんだぞっ!」「まぢでっ!」




