アンダーグラウンド掃討作戦(百二十)
黒井は後ろを気にしながら、階段を上り続けていた。
デブのアルバトロスが、『ハァハァ』と息を吐きながら後を付いて来ている。しかし『色っぽく』は、全然ない。
あの汚い恰好で、汚い豚箱にずっといたのだ。息も臭いだろう。
『はやくしろっ』「ちょっと待ってくれよっ!」
再び足を止めた。おせぇよ。これで何度目だよ。早くしろっ。
しかも『小声』で話し掛けているのに、返って来たのはデカい地声。気を遣う様子もないではないか。
『馬鹿ッ、静かにしろっ!』『ちっ』
だから『文句の一つ』も言いたくなる。しかし、反省しているのかと思ったら、今度は『舌打ち』が返って来た。こいつ何者?
助ける意味あんの? しかし肝心の黒田はまだ来ない。
「てめぇ、聞こえてるからなぁ?」
思わず地声で言ってから、黒井は階段を上り始めた。
返事はないが、後ろから足音が聞こえて来るので、付いて来ているのだろう。一応奴も、豚箱からは出たかったらしい。
何階層か上った所で、やっと窓があった。覗けば確かに外は雨。
しかしそれは、見た目『普通の雨』である。
窓を打つ雨粒を見て『黒い』訳でもなく、無色透明。幼稚園児が雨を絵に描いたとしたならば、普通に『青』を使うだろう。
だから、この世界に来て間もない黒井にとって、『雨に濡れると溶ける』というのは、何とも悪い冗談にしか思えない。
そもそも『アンダーグラウンド生活』では、空から降る雨には滅多にお目には掛かれない。
しかし『雨水』は、何処からともなく流れて来る。
仲間が言うには、それすらも触ってはダメ。『死にたいのか?』と怒られたこともある。
これも仲間に教えてもらったのだが、『太陽に照らされた後なら大丈夫』とのこと。
しかしアンダーグラウンドで、そんな判別が出来る訳もなく。
天井から滴り落ちる水を『全て避ける』か、『溶けなくて良かったね』の二択しかない生活を送って来たのだ。
雨は幾らか小降りにはなっているが、降り続いている。
『早くやまないかなぁ。ハァハァ』
アルバトロスの声に、黒井は『お前は既に病んでいる』と思う。
ニヤリと笑った。再び振り返ってアルバトロスに問う。
『お前、雨に濡れたら、ちょっとは痩せるんじゃねぇの?』
「てめぇこの野郎っ、ふざけんなよっ! 言って良いことと、ちっ」
『あぁ、悪かったよ』と笑いながら手を縦に振り、自制を促した。
声がデカいのも、今回ばかりは許そう。
アルバトロスは目を細くして、『フン』と鼻を鳴らす。
きっと黒井を見て、『お前は既に病んでいる』と思っているに違いない。多分目の前の扉は、甲板への出口だろう。
その扉を握り締めた黒井が振り返り、ニヤリと笑っているからだ。
「じゃぁ、本当に『雨で溶ける』か、試してみようぜっ!」




