アンダーグラウンド掃討作戦(百十五)
「良いねぇ。若いねぇ。そんな頭突き、誰に教わったのぉ?」
距離を取り、おでこをペンペンしながらの挑発だ。もちろん『こっち側でやれよ。怪我するぞ』の警告を含めてのことだ。
「うるせぇっ! このじじぃ。チョロチョロしやがって!」
駄目だ。警告を受け付けないタイプなのだろうか。それとも『船長』なだけに、自分の判断に自信を持っているのだろうか。
今度は竹を割るように、真っ直ぐ右拳を繰り出して来る。
今となっては信じられないかもしれないが、実は黒田も若い頃は、何処までも真っ直ぐな性格であった。ホント、今となってはだが。
しかしその実『真っ直ぐ』とは言っても、やがて人とは相容れない真っ直ぐ。飽くまでも『地球上』でのことであった。
少し離れた宇宙から見たとき、その『真っ直ぐ』は実に大きく湾曲しているのが判る。ぐるりと地球を一周、回って来る程に。
やはり黒田と付き合うには、少し距離を取った方が良いらしい。
そうだねぇ。静止衛星の軌道まで距離を取れば、並走可能かも。
船長が放った真っ直ぐな拳も、『竹の芯』を捉えきれなかったのだろう。『ツルン』といなされて流される。
しかし船長も黒田について、少なからず学習していた。反撃だ。
二次関数のグラフがy軸からx軸に対し、プラス方向へ離れて行くケースであるとしたならば、その反撃は不可能だっただろう。
しかし離れて行くのは、x軸に対するマイナス方向である。
だとしたならば、さぁどうする?
どうするもこうするもない。咄嗟に肘を曲げたのだ。すると肘の一番硬い部分、それが黒田の顔を目掛けて襲い掛かる。
船長は『全力の右拳』を叩き込んでいた。腰から上の上半身を回転させながらだ。故に左手は後ろに引かれている。
黒田が船長の右腕を、両手で押さえることも予想の範囲内だ。
もし片手だったなら、そのまま全体重を掛けて押し込み、今度は廊下の端、鉄の壁に押し付け返しても良い。この体重差だ。
止められるものなら止めて見ろ。吹き飛ばしてやる。
耐えた所で、その後はどうにも出来まい。今度は全力の左拳を、無防備な脇腹に叩き込む。横の壁に叩き付ける程になっ。
船長の予想は当たっていた。流石『航海士』である。
操船技術は確かな『先読み』によって、支えられていると言っても過言ではない。ブリッジに集う数多くの航海士達の中で、船長こそがその『先読みの名手』である訳なのだ。
刻々と変わる様々な情報の全てを頭に叩き込み、一瞬で判断した結果に責任を持つ。それが船長である。
だからこそ船は、『ご安全に』航行出来ているのだ。
しかし船長は『海図にある筈のない暗礁』へと、船を導いてしまったことに気が付く。これではまるで座礁ではないか。動かない。
いや動いている。左拳は動いているっ。動いているんだっ!
問題ない。予定通り全力で振り抜くのみ。座礁なんて認めない。
船は大きくなればなるほど、操舵してから船体が実際に動くまでに時間が掛るようになる。それは大男である船長とて同じなのか。
振り抜く筈の左腕が、また『黒田暗礁』に乗り上げてしまったとき、右腕の先に『二つの何か』が不気味に光る。
それは一体何の光なのか。船長は、知りたくもない。




