アンダーグラウンド掃討作戦(百十四)
それは『フェイント』と、呼ぶ程のことでは、なかったのかもしれない。何れにしても『一瞬』のことなのだが。
船長は両腕を曲げた『ファイティングポーズ』のまま、黒田に向かって突進して来た。しかし実際に繰り出されたのは、『パンチ』ではなく『キック』の方だった。
しかも、完全なる『ボクシングスタイル』からの『ローキック』である。メンチを切ったままで。
それを二回繰り返す。休む間もなく伸びる左ストレート。
「今の内に行けっ!」「お、おうっ」「ヒィィィッ」
黒井とアルバトロスが駆けだした。アルバトロスは怖いのだろう。両腕で顔を覆い、ビクビクしながらだ。唾吐きの元気は何処へやら。
「甲板に『浮き輪』あっただろ。それ使え!」
「ちきしょっ。浮き輪かよっ! じじぃ、覚えてろよっ!」
文句を垂れながら黒井が階段を昇って行く。振り返りもせずに。
振り返っても、どうせ『指示』は変わらないだろうし、あの『ニヤケ顔』にも『ムカつく』ばかりだ。
ちなみに、それを本人に言うと『胃薬の処方箋』が出て来るので止めた方が良い。病状を更に悪化させるばかりだ。
冷たい黒井と違い、アルバトロスは一瞬立ち止まった。
黒田の方を見て加勢するか(痛そう。絶対死ぬ)、黒井の方を見て海へ飛び込むか(溶ける。絶対死ぬ)、迷っているようだ。
小豆バーを『ケース買い』するときのような、『即断即決』は見受けられない。いや、どちらにしろ同じなのに。
もちろんここで、『別行動』という選択肢は、アルバトロスの性格上も、ストーリーの展開上も存在してはいない。必然である。
もう、このまま脂汗を流しながら『ヒーヒー』と叫び、何段あるか判らない甲板までの階段を駆け上がるしか、道は残されていないのだ。走れ! アルバトロス! 掛け声が違った。鳥だったよね。
飛ぶんだっ! アルバトロース!
「さて。じゃぁ、こっちも『再開』しようか」
邪魔者がいなくなって、余裕が出たからだろうか。
いや、それは違う。戦闘開始の冒頭で説明した通りだ。
船長の『フェイントらしき攻撃』を、黒田は全部『ノールック』で見破っていた。
しかも完全に受け流して、『ノーダメージ』である様子。
そればかりか、最後の左ストレートを捉えると、スルリと後ろ手にする。そしてそのまま、船長の体を壁に押し付けていたのだ。
黒井とアルバトロスが通る際には、ジタバタする足も『ハイハイ』と受け流しながら、しっかりと船長の腕はロックしたままだ。口を押さえてはいなかったので、船長は何か暴言を吐いてはいた。
しかしまともな、何やら言葉にもなっていない、言わば『戯言の類』なので表記はしない。それで良しとしよう。
船長は思いっきり背中を逸らす。太い首の力を使っての頭突きだ。
普通『頭突き』と言えば『おでこの方』と、相場が決まっているのに『後頭部』とは。すると黒田も驚いたのか、パッと手を離した。
見えた黒田の顔は驚きに非ず。寧ろ船長を指さして笑い始めた。




