アンダーグラウンド掃討作戦(百十三)
「おい、じじぃ。あんたはどうするんだ?」
ニヤリと笑っている。指した指をクルリと反転させ、手を開く。
すると『来いよ』とばかりに、自分の方へパタパタして見せる。
言われた黒田の表情は変わらない。
それよりも『早く出ろ』と豚箱の中へ手で合図する。同じパタパタでも、『向き』も『相手』も違う。完全なすれ違いだ。
それでも船長の方は、既に『臨戦態勢』を整えたらしい。
パタパタしていた手を引っ込めると、ファイティングポーズで構えており、ゴングが鳴れば飛び掛かれる状態だ。
それに加え、豚箱から黒井とアルバトロスが出て来ても、余裕の笑みのままである。仮に『三対一』になっても、勝つ自信があるのだろうか。それとも、軍曹の応援を期待しているのだろうか。
まぁ、どう見てもアルバトロスは、敵とは見ていなさそうだ。
「そうだなぁ。俺も出来れば、穏便に海へ漕ぎ出したいのだがぁ」
「何だ。船、あんのかよ? 何処だよ。屋根あり救命ボートかっ?」
てっきり海へ飛び込むものと思っていた黒井が、思わず口を挟んだ。糞じじぃめ。何だ。『脱出船』を用意していやがったのか。
「おいおい。そんな物を、貸し出す訳にはいかねぇなぁ」
じじぃの意見は無視して、船長はじりじりと近づく。ストレス発散にでも来たのだろうか。ここでどうにか決着を付けたいようだ。
「救命ボートは、船長の物じゃねぇだろうがっ!」『ケチくせぇ』
黒井の指摘も無視だ。アルバトロスの囁きも、と言いたい所だが、その声は直ぐ隣の黒井にも聞こえてはいない。チキン野郎だ。
船長が豚箱からゆっくりと出て来た二人を見ても、割と余裕なのには理由がある。それは甲板への出口が、自分の後ろにあるからだ。
さぁ、ここを通れるものなら通って見ろ。
そう思いながら、ジリジリと詰め寄って行く。逃がさない。
逃がす訳がない。じじぃと若造。それとデブ。余裕だ。
総帥と実戦訓練をする間柄である『船長の実力』は、吉野財閥自衛隊の中でもトップクラス。折り紙付きである。
「良いから来いよ。軍曹と五十嵐を倒した位でいい気になるなよ?」
今度の呼び掛けに『パタパタ』は不要だ。船長の目が鋭くなり、勝手に『交渉決裂』を決め込んでいる。息も止めたようだ。
「誰だぁ、それ。知らねぇなぁ」
同じく構えながら、船長に答えたのは黒田だ。黒井は黒田が構えたのを初めて見た。後ろからだが構えが柔らかい。まだ余裕なのか。
既に黒田の肩越しに見える船長は、暗闇の中、目だけを光らせて、気合十分、闘気でも纏っているようにも見える。まるで野獣だ。
「俺は『殺した奴の名前』なんて、いちいち覚えていないんでね」
その一言は、黒田の後ろにいる黒井にも、はっきりと聞こえた。
もちろん黒田の正面に立つ船長にも、はっきりと聞こえていただろう。何しろ船長の耳が『ピクリ』と動いたからだ。
それに何でしょう。怒りが増大している気がする。いやこれは、絶対気のせいじゃない。かなりお怒りである。
それでも黒井は『軍曹も五十嵐も、確か死んでねぇし』と、そう思っていた。黒田のセリフが『いつもの冗談である』と願いながら。
「もちろん船長。あんたの『名前』も、覚えちゃいないがな」




