ムズイ(一)
琴美は学生食堂で一人、コッペパンと水で腹を満たしている。
バイトの給料日まで、あと三日。
焼肉ダイエット(焼き肉を食べた後に金欠になって、食べたくても食べられない状態に追い込む減量方法。良い子にはお勧めできない)を始めてから二日。
腹の厚みは元に戻ったが、財布の厚みは戻らない。
「寂しいじゃないかぁ」
絵理が笑いながら、コッペパンと牛乳をトレイに載せて、琴美の隣にやって来た。
琴美は、牛乳をチラっと見て「フン!」。
「そうだよ。友達じゃないかぁ」
今度は美里が笑いながら、コッペパンとフルーツミルクをトレイに載せて、絵理の前にやって来た。
琴美は、フルーツミルクを凝視して「フンッ!」。
「今日もコッペパンなのー?」
楓が笑いながら、カルボナーラとカフェオレをトレイに載せてやって来た。
「あんたのせいだよっ!」
思わず大声で楓に文句を言う。
その声を聞いて、周りの何人かが振り返ったが、いつもの四人が笑っていたので、また何かやったのだろうと思って、元に戻る。
「もう、コッペパン、秋田市、竿燈まつりだし」
「関東?」
「いやいや、ほら、提灯が竹竿にいーっぱいぶら下がっている奴」
「あー、あれねぇ。テレビで見たことある。綺麗だよねぇ」
「お祭り、良いよねぇ。何か、持たせて貰える所、あるらしいよ?」
「え、本当? 凄いじゃん! 行ってみたい!」
琴美を放置して、話が弾んでいる。
「琴美も行こうよぉ」
笑顔の楓に言われても、そんな気は起きない。
カルボナーラをチラっと見て、「フンッ」である。
「そろそろ機嫌直しても、良いんじゃない?」
マジで松坂牛を頼んだ絵理が言っても、「フンッ」である。
「そうだよぉ。ちゃんと『割り勘』にしたじゃーん」
美里が笑いながら、注文する様子を思い出す。
「最後にデザート頼むからだよ!」
四人は焼肉を『割り勘』で楽しんだ。しかし、彼女たちのルールは少々違っていた。
簡単に言うと『一桁だけ担当する割り勘』だ。
琴美が万、ジャンケンで負けた順に、美里が千、絵理が百、残りを楓が担当。一人一品づつ順番に注文し、お会計で担当桁分を支払う。そういうルールだ。
紙と鉛筆で計算するのはナシ。値段を確認するのもナシ。もちろん、途中の『今の金額』を確認するのもナシだ。
「デザート、美味しかったよぉ」
「絶対、計算してたでしょぉ」
美里は笑っているだけで、答えない。美里が最後に注文したデザートで、お会計が税込み二万円丁度になったのだ。
レジの人の目が、まぁるくなっていた。
絵理が笑いながら言う。
「美里は、そろばん一級なんだよねぇ。おっっとぉぉ」
うっかり話してしまった体で、慌てた振り。口を押さえた。
「ずるいジャン! なぁしぃだぁよぉ!」
琴美がコッペパンの切れ目を開く。ジャムも付いていない。
「あはは。ダメダメェ。え? 遂に味なし?」
美里も笑っている。それを見た楓が琴美を慰める。
「ほらぁ。カルボナーラでも、はさみなさい」
フォークに巻き付けたカルボナーラを、琴美のコッペパンにトッピンングした。琴美は、少し機嫌が良くなる。
「ありがとう。やさしいねぇ。もっと入れて良いんだよ?」
首を横に振って、可愛く礼を言う。楓も笑顔だ。
「いえいえ。バイト代出たら、ちゃんと払って頂きますからねぇ」
店の会計は一旦、楓がカードで支払った。
「鬼!」
また琴美が叫ぶ。その声に、また何人かが振り返る。
目に入ったのは、笑顔でカフェラテをコッペパンに掛けようとする楓と、手を横に振りながら、それを笑顔で断る琴美の姿。
やっぱり『奴らか』と思って呆れ、苦笑いしながら元に戻った。




