アンダーグラウンド掃討作戦(百八)
「騒がしいぞっ。静かにしろっ」
「すいません。後で良く言っときますので」「たく」
看守は椅子にドカッと座ったまま、動く気配はない。
それもそうだ。ここは船の下、多分一番下だろう。よって、誰も来やしない『別世界』だ。小さな明かりが一つ、ポツンと灯る。
その割に賑やか。もちろん『騒音』という意味で。
エンジンが近いのか『ガッチャン・ゴッチョン』と、常に耳障りな騒音が鳴り響いている。
おまけに漂うのは油の臭い。それは、黒井にしてみれば『どこか懐かしい』と言えなくもないが、豚箱の環境としては最悪であろう。
「すいません。出して貰えませんかねぇ?」
アルバトロスの躾が終わった黒田が、黒井の隣に来た。鉄格子を両手で握りしめて、看守の方を覗き見ている。
「ちょっと、何言ってるんですかぁ」
誰が聞くんだと笑いながら、黒田の肩を叩く。
冗談にしては酷過ぎる。看守も驚いて目を丸くし、こちらを見ているではないか。
「何だよ。お前もお願いしろよ。鍵、明けて貰えませんかぁ?」
黒田に協力を依頼するときは命令調。振り返って看守に依頼するときは優しいお願い口調。黒田は随分と演技派だ。
黒井は思わず苦笑いだ。思わず『俺は言っていない』と、看守に向かって首を横に振りながら、手も横に振る。
すると黒田が、パッと向き直った。
「だからお前もぉ。ちゃんと心を込めてっ! お願いしろっ!」
「えぇぇっ。お願いして、開けて貰えるもんじゃないでしょうよぉ」
「馬鹿。お前は本当に馬鹿だなぁ。やってみないと判んないだろ?」
「判りますってぇ。看守だって、馬鹿じゃないですってぇ。ねぇ」
苦笑いの視線を送られて、看守が大きく頷く。そして、腰に吊るした鍵束を『ポンポン』と叩いた。
「これはやらねぇよ。うるせぇから、もう寝ろっ」
「いや、鍵は要らないので、開けて頂けるだけで良いので」
涙目になってまでの、必死のお願いだ。
そういうときは『老人の姿』が便利なようで。腰をトントンしたり、コホコホしてみたり。『哀れな老人』を助けろと訴える。
まぁ、そんな風に見えなくもないが、看守の注意を引こうと必死とも言える。いや、そうとしか見えない。
だから看守も、直ぐに取り合わなくなってしまった。
「ほらぁ。お前が、必死にお願いしないからだろぉ?」
「俺のせいですかぁ?」「じゃぁ、誰のせいだよぉ」
「えぇっ? 『誰かのせい』に、する必要ありますぅ?」
何だか『理不尽な口喧嘩』が始まったと、黒井は感じていた。しかし、そういうときでも黒田の顔には『必死さ』が滲む。困るのよ。
「じゃぁお前は、後で看守の野郎に開けて貰えよっ!」
ほらぁ。捨て台詞だ。しかも『看守の野郎』と来たもんだ。
看守が振り返り、椅子からも立ち上がったではないか。その瞬間、船が大きく揺れて看守がよろける。黒井も慌てて鉄格子に掴まった。
黒田が握る鉄格子が歪んで見えるのは、『波のせい』だろうか。




