アンダーグラウンド掃討作戦(百七)
暴言を吐かれても、黒田の笑顔は消えていない。
もしかして今、船が揺れたので『そっち』を気にしていたのかもしれない。黒井はそう思いながら様子を伺う。
黒田がこの後、『どう説得するのか』を考えていた。
「聞いてんのかよっ、こらじじぃ! 割れちまったじゃねえかよっ」
すると、そんな暴言も『煩い』と思うだけなのか、無視するかのような黒田と目が合う。目を垂らした素敵な笑顔である。
「ちょっと、看守の注意を引け」「へいへーい」
黒井は素直に従う。確かに大声を出されて暴れられても、面倒なことになるだけだ。看守が来たら適当にあしらうことにしてと。
黒井が廊下の方を見て、背中が見えた瞬間だった。
黒田の左肩を男が掴む。そのままグッと力を入れて、振り向かせようとしているのが判る。
それだけではない。誰も見ていない豚箱の中、もしかして、ついでに一発『グーパン』でも食らわせようとしているのか。
しかし、黒田の動きの方が断然早かった。
男が『あっ』と思う間もなく、腕を逆手に取られるとベッドへと押し倒される。それでいて『ドスン』と音もしない。
だから鞭の跡を『痛い』と言う間もなかった。一瞬の出来事だ。
気が付けば、掴まれた右腕を後ろ手にされている。あらぬ方向に曲げられていて物凄く痛い上に、ポキンと折れてしまいそうだ。
男の目の前には黒田の腰があって、腕と腰で挟まれた上に、全体重が圧し掛かっていて、ピクリとも動けない。
いや、動いたら『殺される』とさえ思う。
「お前に『じじぃ』と呼ばれる筋合いはない」
耳元で囁かれる。それでも男は自棄になっていた。ちょっとやそっとの脅しに、今更屈する必要もない。
近くなった黒田の顔を目掛け、『ペッ』と唾を吐いたのだ。
しかし黒田は、そんな行為も『予期』していたのだろうか。表情を変えることもなく、空いている左手を素早く構える。
男の唾が顔に掛かるのは防げた。しかしそれでも、左手の平には『ベットリ』と唾が付いたことだろう。きちゃない。
黒田はその左手を握り締めると、振り被って自分の後ろに回す。
そのまま膝で男の口元を押さえ込むと、躊躇なく男の腹を殴る。
膝に抵抗する感触があったのだろう。もう一発入れた。どうやらそれで、今度は『大人しく』なった模様。大人の交渉は静かだ。
すると黒田は、握り締めた左手を開く。男の顔を上から下へ、ベッタリと付けられた『唾』を拭きに掛かる。
同時に耳元へ顔を寄せた。再び『忠告』をするためだろう。
「お前に『じじぃ』と呼ばれる筋合いはない。殺すぞっ」
擦れるような小さな声。まるで二人だけの秘密の恋。故に効果は絶大だ。男は素直になって、何度も『コクコク』と頷いている。
「お前『アルバトロス』だな」『コクコクコクコクコクコク』
「一緒に、ここから出たいか?」『コクコク』「そうかそうか」
それを見た黒田が笑顔で頷く。すると男が、突然首を横に振ったではないか。きっと『黒田と一緒』は嫌だったのだろう。判る。
しかし黒田の膝がピクッとなると、再び『コクコク』と動いた。




