アンダーグラウンド掃討作戦(百六)
黒田の呼び掛けに、壁を向いていた男が振り返った。
ゴロン『いてぇ』ゴロン『いてぇ』と、体の角度を変える度に悲鳴があがる。どうやら全身、鞭打ちされた跡があるようだ。
「何だよ。いちちちっ。次は『天国』なのかぁ? ったくっ」
おやおや。ここは『天国』ではなかったのだろうか。『鞭打天国』という名の、『地獄』なのかもしれないが。聞かれた黒田は笑う。
「今度こそ、本当の天国に決まっているだろぉ?」「そこも痛てぇ」
お誘いに『ポン』と叩いた所にも、『鞭の跡』があったようだ。
「おぉ。すまんすまん。こっちにしとくよ。ほれほれ」
黒田が笑いながら、ちょっと避けて『ポンポン』と叩く。
「いてぇよ馬鹿っ! 痛てぇえってぇっ! ヤァメェロォッ!」
気持ち良くはないが、横になって休んでいたのに起こされて、その上傷を無神経に叩くものだから、相当イラついたのだろう。
腕を振りながら、ベッドに座るように起き上がった。
眼鏡の位置を直す素振りをしたのだが、肝心の眼鏡がない。すると男は、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。
眼鏡を探しているのだろう。黒田も怪我への追い打ちは止めて、それに協力しようと立ち上がる。ベッドの枕辺りを探そうと。
「良いよ。俺のベッドを荒すなっ!」
黒田に対し、腕を振って追い払おうと試みる。
「眼鏡だろぉ? 遠慮すんなって。どんな眼鏡だぁ?」
その手を掻い潜って、ずけずけとベッドへ膝を付き上がりこむ。
「そこにはねぇよ。だから荒すなって、言ってんだろうがぁっ!」
腕を振った勢いで立ち上がると、黒田を放置して足元の方を探している。どうやら横になる前に、その辺に置いたようだ。
「おやっ? これは何かなぁ?」
黒田が枕元から、眼鏡らしきものを探し当てた。
しかしそれは『フレームだけ』で、肝心のレンズがない。黒田が面白がって、右目の所に人差し指を通し遊んでいるではないか。
「それだよ。返せよっ」「こっちにあったじゃんかぁ」「うるせっ」
横柄な態度である。大きな体格で『ドスドス』と歩き始めた。
一部始終を眺めていた黒井はピンと来る。『あぁ。こいつがアルバトロスなんだなぁ』と。どうやら黒田も、同じ思いのようだ。
「ほらよっ」「おぉおぉ。馬鹿っ! 投げんなよっ!」
笑いながら、黒田が眼鏡を放り投げたので男は慌てている。
それにしても『レンズが無い』のに、一体その眼鏡に何の意味があるのだろうか。良く判らん。
と思ったら、左目にはまだレンズが入っていたようだ。投げた勢いで回転したのか、そのレンズがピカッと光った。
薄暗い豚箱の中、その光を頼りに手を伸ばしたのだろう。しかし目測を誤って、指先で弾いただけに終わる。眼鏡は床へと一直線。
『ガシャン』「あっ」「あぁ」「黒田さーん、投げるからっすよぉ」
どうやら残っていた左目のレンズまで、割れてしまったようだ。
しかし黒田に、反省する素振りはない。だろうね。ですよね。
「この馬鹿っ! じじぃてめぇっ、何してくれてんだよっ!」




