アンダーグラウンド掃討作戦(八十六)
袖口に仕込まれたマイクとイヤホンは、耳に常設するタイプのものだと『落下する可能性』があるからだ。
それと、見た目が『不自然』というのもある。
特定の場所で『何か』をしでかそうとしている者。良くも悪くもそういう輩ならば、『事前調査』は必須であろう。
誰がいつ何をして、どんなことをどんな手順で行っているのかは勿論、それをどうやって連携しているかを調べるのだ。
必要なら変装も辞さない。納得するまで、何度も徹底的に調べ上げる。そうしてから初めて『何か』を起こす。
そして今日が、その『何か』を実行に移す日なのだ。
だから、一見して『上手く擬装している』としても、当日、耳に変なものが付いていれば『ん?』と思われても仕方がないだろう。
しかし万全だ。バーの店員に、イヤホンを付けている者はいない。
それでも『ん?』と思い、ニヤついた者が一人だけいた。
その者に言わせれば、理由は簡単だ。
『良いか? 視界を広くしろ。周りを良く見るんだ』
そう教わって来たではないか。
あぁ、関係者は視線を外して、まだ『自分は大丈夫』と思っているのだろうが、もうバレている。
今、左手で耳を触ったバーテンダー。『お前』のことだよ。
良いか? 顔を触ったら手を洗え。先ずはそこからだ。
あと、そこのテーブルの『お前』と『お前』と『お前』。
向こうの席の『お前』と『お前』と『お前』もだ。
壁際の席の『お前』と『お前』、隣の『お前』と『お前』な。
こっちの『お前』と『お前』と、あぁ『お前』と『お前』は面が割れてるから問題外。わざとらしく声を掛けて来たら殺す。
部屋の入口に立つ『お前』と『お前』だ。邪魔すんなよ。
それとドアマン。『お前』も次はないからな。
何だか今日は『関係者が多いなぁ』と思って、琴坂可南子はクスッと笑った。隣の琴坂牧夫も笑顔だが、それに気が付いてはいない。呑気なのか節穴なのか。
どちらも違うわね。ごめんなさい。私としたことが。うふっ。
きっと『この程度の人数』など、『最初から問題外』なのよね。
そうよね。きっとそうに違いないわ。一個中隊全滅させてるし。
今日は『案内するだけ』って言ってたし、『着いたら好きにしなさい』って言ってたし。有難う。遠慮なく、好きにさせて貰うわ。
流石『私が好きになった漢』だわ。うん。大好き。
可南子は、進む方向を変えた。
いや、正確には変えさせられた。夫の牧夫にエスコートされていて、その腕に引っ張られたからだ。
行先は直ぐに判った。そしてチラッと夫の顔を見る。
すると笑顔が消えていて、『ターゲット』を真っ直ぐに捉えた真顔ではないか。そんな顔を観てしまったら『流石』と思うのは勿論だが、ずっと眺めていたくなってしまうではないか。罪な男。
不要だろうが助太刀したくて、服に仕込んだ刃物に手を掛ける。
「依井さんお久し振りです。こんな所でお会いするとは奇遇ですね」




