アンダーグラウンド掃討作戦(八十五)
「いらっしゃいませ」
ドアマンが夫婦の姿を一目見て、ドアを開け放った。
その先に見えて来たのは、木目調で統一された落ち着いた雰囲気のあるバーである。随分と奥行きがあるようで、見通しは利かない。
もし『バーって初めてなの』という人が『この店』を訪れたなら、他のバーは『随分と狭い』と、思ってしまうに違いない。
「私、バーって初めてなの」「そう。良い所でしょ」「そうね」
見渡せば、あちらこちらに人、人、人。いずれもドレスコードを遵守した紳士淑女が、思い思いに静かな時を過ごしている。
正に、大人の社交場だ。
「待ち合わせは何処なんだい?」
「さぁ。何処かしら。貴方の『行きつけのお店』じゃないの?」
ドアマンに案内されて店内に一歩入ったものの、そこで夫婦は立ち止まっていた。すると聞かれた旦那が笑顔になって答える。
「俺も、今日で二回目だから」「あらやだ。フフッ」
旦那の方が堂々と『ピースサイン』を出すのを見て、ドアマンはそっと微笑む。
ゆっくりと視界に入り、『ご案内いたしましょうか?』の雰囲気を醸し出しながら夫婦に近付く。
時間に余裕があるのか、見えて来た二人の表情に焦る様子はない。すると奥様の方が一枚の封筒を取り出していた。
「同窓会はどちらかしら?」
良いタイミングで『ドアマンを見つけた』と、思ったのだろう。手にしていた封筒をパッと見せた。ドアマンは直ぐに頷く。
笑顔で奥を覗き込むように見ながら、スッと左手を伸ばした。
「はい。あちら右手奥の部屋『黒豹』でございます」
封筒が見えても見えなくても関係ない。今日の『ご予約』は一組しかないからだ。それにしても、今日は珍しく女性が多い。
これで『ご案内』は何人目だろうか。
「そう。ありがとう」「どうぞごゆっくり」
奥様は一礼して黒い手袋を外す。ドアマンに見せて用なしになった『招待状』と一緒にバックへと押し込んだ。
見えて来た左手薬指の指輪は、隣の旦那様と揃いの指輪である。
同窓会に夫婦で来るとは、随分と仲の宜しいことで。
ドアマンは、背中がパックリと開いたドレスを見送って『ヒューッ』と口を鳴らす。いや、鳴らせないのでした。
代わりに左手を上げると、袖口に仕込んだマイクに向かって話す。
「『ファルコン』夫妻。黒豹にご案内」
『了解。全員、演習通り厳戒態勢で臨め。刺激は決してするな』
報告を終えたドアマンは、思わず目が本気になってた。
それに劣らず、報告を受けてからの返事も早い。緊張のためか、声もいつもよりやや上擦っている。
すると緊急連絡用のバイブが来て、ドアマンは再び袖口を耳へ。
『警報レベル・サーティーン。『ホーク』来店。繰り返す。
ホーク来店。これは演習に非ず。良いか。これは演習に非ず』
銀座の片隅にあるバー『陸士』に、かつてない緊張が走る。




