東京(十)
寛永寺駅から『東京地下鉄道方面』の矢印に従い上野駅に向かう。
駅は全体的に大正ロマン溢れる『懐かしい雰囲気』となっていて、関東大震災後に再建された当時をしのぶ。
人工地盤へ向かうエレベータ乗り場は、折れ曲がった通路の先にあり、パッと見て昭和初期の空気を壊さない工夫がされていて、駅に調和している。
セキュリティゲートまで、昔を思わせるレトロな造り。係員の制服も『エレベータガール』のような、モダンな服装だ。
そんな寛永寺駅から階段を降り、上野駅へ向かう。
外国人観光客の殆どは、浅草まで地下鉄を利用する。だから、何だかこの辺だけ外国のようである。
琴美たち四人も切符を買って、地下鉄に乗り込んだ。
「ねぇ、何かアナウンスも英語だね」
「あ、ホントだぁ。外国みたい」
絵理と美里が笑っている。
「ねぇ、何て言ってるの?」
琴美が楓に聞く。楓が得意そうに耳を澄ませる。
「えーっとね、『毎度ご乗車ありがとうございます』かな」
「いや、それは良いから、その続きよ」
絵理が突っ込む。すると楓が口をへの字に曲げながらも、笑顔で翻訳を始めた。
鼻の詰まったような声で説明を始める。
『この地下鉄は1927年当時「東洋唯一の地下鉄道」として開業し、浅草まで2.2㎞を五分で結びます』
右手でひらりと暗闇を指して、楓のすまし顔。三人は笑う。
『途中の「稲荷町駅」と「田原町駅」は現在閉鎖されており、下車できません。どなた様も浅草駅までのご案内となります』
地下鉄は、丁度『稲荷町駅』に差し掛かった。
確かに駅はあり、電気も点いていて、古い看板がそのまま残っている。まるで現役の駅だ。
しかしそれは、観光客に見せるだけであり、止まらずに通過した。
『非常停車した場合は線路に降りずに、そのまま係員の指示に従って下さい。線路に降りると、大変危険です』
「何で?」
里美に聞かれた楓が、キョトンとした顔で首を傾げる。知る訳もなかろう。係員ではないのだから。
『間もなく浅草です。ご乗車ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております』
楓が目に見えない『マイク』を持ったまま、にこやかに案内を終了すると、三人も笑顔でお辞儀をする。
「パチパチパチ」「パチパチパチ」
不意に、あらぬ方向から拍手が聞こえてきた。
驚いた四人がそちらを見ると、外国人の家族が、楓の日本語吹き替えを楽しんでいたようだった。
「thank you! (チュッ)」
楓が小さい男の子に向かって『投げキス付き』のお礼をすると、刺激が強かったのか、拍手を止め、母親の陰に隠れる。
それを見て、家族中が笑っていた。きっと、良い思い出になっただろう。
浅草駅に着くと、切符を名残惜しくも改札口に出し、駅を出る。そのまま地下通路を通って、東武鉄道の『浅草雷門駅』へ向かう。
駅ビルは現在も『松屋浅草支店』として営業中である。
四人はちらっと化粧品を眺めた後、『アンダーグラウンド』に出た。浅草の街並みは人工地盤の上に再建され、アンダーグラウンドに残るのは、観光用に整備された古い町並みだ。
まるで映画のセットであるが、全部実際に使われていた建築物である。迫力というか、リアル感が全然違う。
神谷バーの前を通って、雷門跡へ向かう。するとそこには、実物大の写真パネルがあって、石碑が建っている。
「本物は『上』に行っちゃったんだね」
美里が上を指さして笑う。
「だよねぇ。浅草寺の一部だもんねぇ」
そこから仲見世の方へ行くと、商店街はそのままで、営業はしていない。人通りもまばらだ。
その先にあった浅草寺は、関東大震災でも無事だったため、人工地盤の上に移築された。だから、だだっ広い『跡地』があるだけだ。
「マジで、何もないね」
「お参りするなら『上』ってことね」
「だね。じゃぁ、上に行こうか!」
「そうだねぇ。やっぱり寂しいわぁ」
琴美はお正月に、家族で浅草寺にお参りしたことを思い出す。
おみくじで『凶』が出て、どこかに結んだと思うのだが、何処だか判らない。本当に何もない。
「出た! 琴美の、おばあちゃんターイム!」
楓に言われて、琴美は『ハッ』と気が付く。三人が頷いている。
浅草地区、昭和十年には『アンダーグラウンド』になっていたことを、さっき図書館で、確認したばかりだったからだ。
「同い年でしょ!」
琴美は苦笑いしながら、楓をパチンとすべく右手を繰り出したのであるが、華麗にかわされて、右手は空を切った。




