アンダーグラウンド掃討作戦(八十)
眼光鋭く。と、言いたい所だが、如何せんあいにく目が細過ぎてそれは判別できない。
五十嵐の表情を見る限り、冷静さを取り戻している。
対する黒田も、完全にヘラヘラさを取り戻していた。先程五十嵐の体を『くの字』に曲げた男とは、到底思えない。
女王様は、やっと一歩だけ下がった。そして、自分の腹をさする。
幾らかは『格闘技の経験』があるからだろう。今になってやっと、『五十嵐が助けてくれた』ことを理解した。
繰り出した刃物を黒田が狙っている。そこまでは反応した。
しかし振り下ろされた腕を、ピタッと止めることは出来なかったのだ。勿論『脅すつもり』だった。『殺すつもり』なんてなかった。
『良い? 刃物を振りかざすときは、ちゃんと殺さないとダメッ』
母の教えを思い出す。人差し指を横に振りながら、にこやかに話してくれたのに。今更ながら自分は甘かった。
五十嵐との訓練で『実際の刃物』を使ったこともあるが、振り切ることは出来ない。どうしても『寸止め』だ。
それに引き換え、刃物を向けた途端に目の前の黒田は『殺意』をむき出しにして、殺しに掛かっていた。
刃物を繰り出した右手から、それを一瞬の内に奪い、右手に持ち替える。そしてそれを流れるように腹へ。
又は右手で腹パンしてからの、左手で背中から刺す。
五十嵐が刃を、手でしっかりと握りしめていなければ、五十嵐の何処か深くに刃物が突き刺さっていたのは間違いない。
空気の流れ。軌跡を描いた黒田の腕が残した残像だ。それが真実を如実に物語っている。
そして更に酷いことに、五十嵐を突き抜けた『衝撃波』が、フワッと腹を撫でたことを自覚していた。
目の前の黒田は、自分が相手に出来るような男ではない。
「何が目的だっ!」
五十嵐の問いに、黒田は首を傾げて答えない。
『俺に聞いているのぉ?』
そんな顔をしてとぼけている。遂には、両手をスッと挙げて『降参』の意思表示までし始めたではないか。
いやいや。油断できない。そういう『構え』なのか?
「何処の組織の者だっ! 何者だっ!」
『ねぇねぇ。俺って何処の組織の者だっけ? 誰か知ってる?』
『なっ、ちょっとぉ。俺に聞かないで下さいよぉ。知らねぇっすよ』
黙ったままだ。黒田に見つめられた黒井は手を振り慌てている。
仕方なく五十嵐の方を見て、『さぁ?』と首を傾げる黒田。
すると、仕方なく思い出そうとしているのか。挙げていた両手を降ろして腕を組む。苦笑いで『こいつ、使えないんだよねぇ』と、黒田を親指で指してから、首を捻るとその手を顎に当てる。
五十嵐は『やはり』と驚いて、更に警戒を強めるだけだ。
「軍の歴史上『重村大佐』なんて、居なかったんだぞっ!」
それには黒井も驚く。どうやら五十嵐は何でも知っているらしい。




