アンダーグラウンド掃討作戦(七十九)
ジェットエンジンが点火したのを後ろから眺めていると、『陽炎』が見える。周りの空気が急激に温められて、揺らいでいるのだ。
血がたぎる。黒井は一瞬、そんな想いに包まれていた。
さっき『F2で飛んでいたのを思い出していたから』かもしれないが、今、目の前で確かに見えたのは、残念ながらF2ではない。
それは、F2とは似ても似つかぬ程に小さな男。黒田の後ろ姿である。確実に黒井は『空気の揺らぎ』を見たのだ。
しかし、その後の動きは全く見えなかった。
全ての『動作』が終わった後に『音だけ』が聞こえて来たのも、F2の『衝撃波』と似ている。いやいや。そんな馬鹿な。
もしかして見えなかったのは、『瞬き』をしていたからだ。とも、思ったのだが、それにしても随分とまぁ、速いことには違いない。
目の前で止まっている、三人の姿勢。女王様のお顔は拝見できないが、多分目をパチクリしているに違いない。
「五十嵐っ!」
時間が動き始めた。
女王様の上擦った声を聞いて、黒井は理解する。さっき聞こえた音の『正体』を。
それは『ドンッ』『パンッ』『ドスッ』と、連続した三連符のことだ。音楽に詳しい訳ではないが、やけにリズムカルな感じ。
最初の『ドンッ』は、五十嵐が踏み込んだ足音だ。今も『五十嵐の足』はそこにある。多少震えているが。
二番目の『パンッ』は、黒田が左手で五十嵐の右手を叩いた音。
五十嵐の右手は、女王様が繰り出した『刃物』をしっかりと握りしめて、血が滲んでいる。すぐ傍には黒田の左手が。
そして三番目の『ドスッ』は、黒田の右手が五十嵐の腹に深く食い込んだときの音だ。黒田の右手は、今も五十嵐の腹に食い込んだまま止まっている。気が付けば五十嵐は、目を大きく見開いていた。
「ゴフッ」(ドンッ)
五十嵐の震えていた足が膝から折れ、口からは血が噴き出る。
黒田は冷静に一歩引いたので、血を浴びることもなく。
ちょっと待て。もしかして黒田は『血が出る』と、判る程の手ごたえを感じていたのだろうか。
五十嵐の姿が沈み、見えて来たのは『驚く女王様』のお顔だ。
「五十嵐っ! 五十嵐っ!」
あんぐりと口を開けて目を見開いている。刃物は手放していた。
倒れ込んだ五十嵐の背中に両手を添え、もう『戦闘』どころではないようだ。随分『甘ちゃん』とも言える。もし戦場だったら、目の前の黒田に『とどめの一撃』を、モロに食らっていることだろう。
しかし、一歩引いたときに見えた黒田の横顔は、一瞬前の『ヘラヘラ顔』に戻っていた。むしろ船酔いした五十嵐が、口から『汚物』を垂れ流したので、笑っているようにも見える。
スッと五十嵐が立ち上がった。左手の袖で口を拭く。再び目を細くすると刃物を体の陰へ。黒田の前に、堂々と立ち塞がった。
「お嬢様、危険です。お下がりくださいっ」




