アンダーグラウンド掃討作戦(七十五)
何の罪だか知らないが、『指名手配中である』という事実を突き付けられても、それで『捕まえよう』という輩は居ないらしい。
やはりこのマグロ漁船は、何かがおかしい。それとも乗員の一部、いや、もしかして全員が?
一様に『すねに傷を持つ』奴ら、なのかもしれない。
黒井は驚いていた。今のが『予選』であることに。そして、女王様の『調査能力』に。いや、調査したのは『お付きの者』だろうか。
しかしどうやら、『ブラック・ゼロ』であることはバレていないらしい。陸軍から『追われる理由』についての、説明がないからだ。
「さぁさぁ、諸君。予選を勝ち抜いたもう一人を紹介しよう!」
考えている間に、再び五十嵐による『耳打ち』が済んでいた。
女王様が思いっきり鞭を床に叩き付ける。
「軍曹を倒したのは、空軍のエースパイロット。黒井だぁぁっ!」
強い口調での紹介に、一気にギャラリーがいきり立つ。
「おぉぉぉ」「すげぇぇ。戦闘機乗りキターッ!」
「何だぁ? マジモンの『中佐』だったのかぁ」
「うぉぉ。やっぱ『すげぇ奴』だと思っていたよぉぉぉっ!」
騒ぎ立てる言葉の中に、どうやら女王様が『気に留めた』単語があったらしい。鞭を持ったままの右手を、スッと発言者に向けた。
「こちらも、空軍から指名手配中の『中佐』だぁぁぁっ!」
高らかに宣言されて、黒井は驚く。この世界の俺、何をしたぁ?
「うおぉぉぉぉ」「うおぉぉぉぉ」「うおぉぉぉぉ」
「指名手配対決だっ!」「陸軍対空軍だぁぁっ!」「どっちだぁ?」
「お前、どっちに賭けるよぉっ! 俺はやっぱ陸軍だよっ」
「馬鹿! 絶対空軍だよ。ミサイルあんじゃんかよぉっ!」
「馬鹿はお前だっ! 奴のどこにサイドワインダーがあんだよっ!」
「ココだよココっ!」「そこで腕相撲やんのかよっ!」「いてぇ!」
何処を押さえて痛がっているのかは、女王様の御前であるので明記しない。各位の想像にお任せするとして。
とにかく『対決カード』を宣言した女王様は、とても満足そうに再び椅子に座った。どうやら『決勝戦』の開幕らしい。
ギャラリー関心事は、一気に『オッズのすり合わせ』に向かったようだ。指を出したり、引っ込めたりしているのがその証。
一方、淡々と会場の準備を進めるのは、予選落ちした軍曹である。
ついさっき、自分が蹴っ飛ばしてしまった『試合会場』を、黙って元の位置に戻している所だ。ちょっと惨めだが止むを得まい。
外に放り出されて『サメの餌』になるよりは、『審判として再就職』したほうが、長生きできるに決まっているからね。
「勝った方の『ご褒美』は、何ですかぁっ!」
ギャラリーの中から、無粋な質問が女王様へ向けられる。すると女王様は、お代わりしたトロピカルドリンクをテーブルに置いた。
「私の相手を、一晩してもらおうかねっ」
「うぉおおおおっ」「おおおおおお」「羨ましいぃぃぃっ」
ニッコリ笑って『ウインク』&『投げキス』のサービス付きに、ギャラリーは大盛り上がりだ。
「負けた方の『お仕置き』は、何ですかぁ?」
「そりゃぁ『鞭打ち』だよ」「わははははっ」「一晩じゅぅ?」
「おいおい。それは『ご褒美』なんじゃねぇのぉ?」
「ちげぇねぇ」「わはははっ」「ヒーヒー言うのかぁ」
誰かの質問に誰かが勝手に答えて、笑いが巻き起こっている。
先に言われてしまった女王様も、『当たっちゃったぁ』と思っているのだろう。
可愛い笑顔を振り撒きながら『おいおい』とか、『それなぁ』とか言うように、発言者へ向けて何度も右手を伸ばしている。
その『とてもご機嫌』なご様子に、一同の思いは『鞭打ち』で固まりつつあった。『代わってあげたい』と思う奴は、居るか?
するとそこで、女王様が座ったまま右手の鞭を振り上げる。
一同、急に静かになった。女王様のお言葉である。振り上げられた右腕が勢い良く前へ。
鞭がしなり、空気を切り裂く音がする。続いて床からは、いつもの『バチンッ!』が響く。しかしそれは、今までにない大きな音だ。
「そうだねぇ。負けた方は、『豚の餌』だねぇ」
「おおおおおっ!」「おおおおおっ!」「おおおおおっ!」
盛り上がっているが、それが『何の比喩なのか』は判らない。
黒井は『笑えねぇ』と思って黒田を見たのだが、ジジイはいつもの通り、ニヤニヤ笑っているだけだ。心配して損した。
見れば軍曹も、ニヤニヤ笑っているではないか。意味判らん。
「予選落ちした奴の『お仕置き』は、何ですかぁ?」
聞いたのは、前に軍曹からシバかれた奴だ。すると今度は、女王様からの『お言葉』が早い。ご機嫌で鞭を振り、笑いながら答える。
「そんなの『サメの餌』に、決まっているだろうがぁっ!」




