アンダーグラウンド掃討作戦(七十二)
「五十嵐、貴方はどっちが勝つとおもぉうぅ?」
意味深に女王様が問う。半分からかいか。それとも賭けか。
ゆっくりと見上げながら、微動だにしない男に話し掛ける。
「やはり今回も、軍曹の方ではないでしょうか」
女王様の隣に立つ『顔に傷のある大男』は、五十嵐と言うらしい。
顔色一つ変えず、からかいでもなく、賭けでもなく。
只の『見識』を問われていると感じたようだ。
実際、その通りである。名は体を表す。世間ではそう言われているが、彼もその一人である。
幼少の頃より、以下略。そして今は、『女王様のボディーガード』として傍に控える身分に落ち着いた。
「それはどうかしら? 五十嵐もそう思うとは、意外ね」
何だか嬉しそうな女王様の指摘を耳にして、五十嵐は焦る。
「と、言いますと? もしかして、楓お嬢様は」
五十嵐の語尾が霞む。女王様が右手をスッと上げていたのだ。
それは『黙れ』の合図である。五十嵐は深く一礼して前を見た。
女王様は、昔から以下略。今に至る。
つまり、おしゃべりの時間は終わりだ。成り行きをよく見て置けと。そういうことなのだ。五十嵐は生唾を飲み込む。
何と言っても、女王様の人を見る目は確かなのは間違いない。
女王様は真っ赤になって歯を食いしばる軍曹を見て、薄ら笑いを浮かべた。どうやら女王様は、黒井の方がお好みらしい。
優勢な軍曹を見ても、『哀れな奴』としか見えていないようだ。
「随分と粘りますね。いつもなら、この辺から一気に行くのに」
五十嵐の感心した口ぶりを耳にして、女王様は得意気にチラっと五十嵐の方を見る。どうやら五十嵐の『感心』は黒井の方ではなく、言い当てた女王様の方にあるようだ。
目が合うと『流石でございます』とばかりに納得して頷く。
「そうね。どうやら軍曹も、ここまでかしらぁ」
まだ勝負は付いていない。それでも勝敗が決する様子が手に取るように判るのだろうか。
「所詮、『マグロ漁船から降りられなかった男』と」
「そうね。そうよねえ」
だから、今だ軍曹が有利なのだが。ここで軍曹が勝利して、雄たけびを挙げたとしたら、一体どんな顔をするのだろうか。
「うおおおおおおおっ!」
ほらぁ。軍曹が雄たけびを挙げているではないか。ギャラリーからの歓声も一層大きくなっている。
しかし女王様と五十嵐には、その様子が目に入っていないようだ。
「あの新人、何て言うの?」「下田からの補充要員で黒井です」
女王様は頷きながら『パチパチ』と拍手を始めたが、周りにはそれが一体『何の拍手』なのか判っていない。何故なら決着は、『あと五センチの所』で、ピタリと止まっているからだ。
拍手に反応したのは黒井ただ一人だった。そして、女王様の投げキスを目にしたのも、黒井、ただ一人だった。




