東京(八)
暫くして、四人がそれぞれ資料を持って集まって来た。
「何かあった?」
絵理が美里に聞く。美里は頷いて資料を机に並べる。
「一応あったよぉ。都市計画の古い奴」
「おー。どれどれぇ」
美里が古い資料を開く。しかし、浮かない顔である。
「大正十年なんだよねぇ」
「あれ? 関東大震災って、大正何年だっけ」
「十二年。大正十二年だよ」
「というと、ちょっと前なんだね」
「駄目じゃん」
「いやいや、ダメじゃないでしょ。ほら、この時はさぁ、
『地べたに、広い道路、作りましょ』ってなってるじゃん」
四人は地図を見て頷く。
「ホントだ。まだ『人工地盤作ろうぜ』になってないね」
「えー、それじゃぁ、誰が言い出したの?」
「それを調べているんジャーン」
「検索しても、出て来ないの?」
「出て来ないよー」
「何で?」
「知らないよぉ。だから調べてるんじゃーん」
「私が見つけたのは、昭和二年の奴」
「これだと、もう『人工地盤作ろうぜ』になってるね」
「ガリソン売ったお金を使って、東京を大改造するって書いてある。ココで気合入れたんだ」
「でも、この時点で、雨に当たると溶けてるの?」
「まだじゃん?」
「溶け出したのって、いつよ?」
「それもさぁ、どうも年代が判らないんだよねぇ。あ、『何で』ってのは、なしね!」
「当時は平均寿命も短いんだぁ。これ見てよ。
男・四十二歳、女・四十三歳だってー」
「みじかっ」
「大学卒業しても、二十年で死んじゃうじゃん」
「年金、貰えないよぉ」
「ありゃー。じゃあ、理由は『長生きしたいから』じゃん?」
「それだっ!」
「いやいやいやいや。そんな理由じゃレポートにならないじゃん」
「そうかな? 歴史の真実は、意外にも単純な理由かもよ?」
「だとしてもさぁ、『長生きしたいから』なんて理由じゃさぁ、何の対策だって、結局その結論になっちゃうジャーン」
「あー、そうだわー。だめだー」
「こういうのもあるよー。地震で堤防が決壊するカモ的な奴」
「ほー、そんな研究もあったんだね」
「ずっと前から雨降っていて、当時堤防は決壊はしなかったんだけど、結構ひび割れとか、地盤沈下は発生したんだってぇ」
「そう言えば、関東大震災の日の天気って、何? まさかの雨?」
「雨だね。最大九・五ミリだってー」
「あっちゃー」
「正午・十二時で、気温二十八・七度、南南西の風、十二・三メートルだってー。台風が日本海にあったんだってー」
「へー。一日中、十メートル以上の風が吹いてたんだね」
「何か、大変そう」
「翌日の夜中の一時に、気温四十五・二度、北北西の風、十六・九メートル、いや、これ燃えてるでしょ。絶対」
琴美が素朴な疑問を、絵理に投げかける。
「ていうか、何でそんな日の気象情報が、残ってるのさぁ」
振られた絵理が、資料を持って来た美里に聞く。
「そりゃぁ、誰かが? 観測したんじゃね?」
首を傾げながら、苦笑いで答える。当時は防火仕様の『アメダス』なんて、無いに違いない。楓が机に地図を投げ出す。
「誰よぉ、東京中、燃えちゃってるのに―、ほら、地図あったけど、東側全部真っ赤で、燃えちゃってるんですけどぉ」
四人で地図を覗き込む。見事に全部燃えているではないか。
「ありゃー。最後の言葉が『風力十六てんキュウm……』なの?」
琴美が電話で話すのを勝手に再現して絵理を見る。
「逃げて! 観測は良いから逃げて!」
絵理が電話口に必死に叫ぶ。そこへ美里が手を添えて、叫んだ。
「逃げ場はないけど、逃げて!」
「でも、逃げなかったんだよねぇ。根性あるわぁ」
腕を組み、しみじみと楓が言う。
そんな表情を見て、他の三人は『もうちょっと真面目に調べよう』と、思ったのでした。




