アンダーグラウンド掃討作戦(六十二)
「俺の名前は黒木だ。まぁこの船では『軍曹』で通っているがな」
左手の平に擦り付けていた右手を外し、親指で自分を指す。
「軍曹! 初めて知りましたヨッ!」「俺もデースッ!」
「殺し合う前に『名乗り』何て、しねぇしなぁ」「ちげぇねぇ」
「あははっ! やっぱりあいつも、持たなかったかぁ」
「おいおい。まだ判んねえだろっ!」「判ったみたいなもんさぁ」
ギャラリーを放置して、若い方は軍曹を睨み続けている。
軍曹に比べれば、ギャラリーの中に『苦労しそうな奴』はいない。
そりゃぁ、まとめて来られたらひとたまりもないが、一対一なら自信がある。
何せ、地元では負け知らず。大分暴れさせて貰った。
だから、地元三チームのリーダーは俺の舎弟だ。
今でも地元に帰れば、何処からか聞きつけて駅まで出迎えに来る。
「黒井。階級は中佐だ」
「ほぅ。これはこれはぁ。士官様じゃねぇかよっ」
たかが軍曹の癖に、中佐を名乗っても態度を変えない所を見ると、『軍曹』は只の『俗称』らしい。まぁ今では『中佐』も俗称だが。
「あいつ『中佐』だってよぉ」「じゃぁ、強いのかぁ」
「階級と強さは、関係ねぇだろぉ?」「だよなぁ」
「でも、だったら何か格闘技の一つ位、やってんじゃねぇの?」
「プロレスとかぁ? 有刺鉄線デスマッチって軍隊のだったのか」
「馬鹿っ! ちげぇよ。お前はテレビの見過ぎだぁ」
「じゃぁ、オッズはこのまま?」「じゃねぇの?」
「今、何対何?」「八・一」「いや、それ合ってねぇし。貸せっ」
ギャラリーがざわつき始めていても、軍曹は余裕の笑みだ。
「それとも名乗るのは、『下の名前』がご所望かぁ?」
すると軍曹は、『薄ら笑い』を止めた。
根拠はないが、黒井から発せられる『何とも言い難い自信』を、警戒してのことだろう。
どちらにしても、どうやら『お友達』として慣れ合うのは、所望してはいないらしい。
両腕を曲げて拳を顔の前に差し出すのと同時に、右足を引く。
グッと黒井を睨み付けたままだ。威嚇なのか、戦闘準備か。『グリッ』と一度肩を回す。睨み付けたままもう一度。
「そうかい。黒井さんよぉ。まだお前には教えてなかったなぁ」
「いや、俺は察しが良いから、お前ごときの教えは要らねぇなぁ」
黒井にも『先人の教え』が重要だということは、良く判っている。
空の上ではそれが重要だし、まして、まともな会話すらままならない者同士の『コミュニケーション』が、強いられ世界なのだ。
こんな奴の言うことなんて、聞く耳持たずだ。ろくでもないことに、決まっているではないか。
「ほほぅそうかい。もしかしてそれは、自分を褒めているのかぁ?」
「あぁ。そうだよ。俺は『褒められて伸びるタイプ』なんでな」
「じゃぁお前には、『ご褒美』をたんとあげないとなっ」
黒井を『お前』呼ばわりにして、名前何て覚える気はなさそうだ。




