アンダーグラウンド掃討作戦(六十一)
「若いのっ! 俺はお前に賭けたからなっ! 頼むぞっ!」
「見ろよ。あの体格差。軍曹の勝ちに決まっているだろう?」
ギャラリーの方が先に盛り上がっている。
船倉の低い天井とは言え、天井付近までそびえ立つ巨漢の『軍曹』と向き合っているのは、比較して大分小柄な男だ。
「あぁ。これじゃぁ『何秒持つか』にした方が良いよなぁ」
「ちげぇねぇ。じゃぁ、お前何秒だよ」「俺は五秒かな」
軍曹と比較して小さいだけで、日本人の標準サイズよりは大きいとは思う。筋肉だって標準サイズよりも、当然あるだろう。
それは、この場合の『小男』本人も自覚していた。
むしろ、最初から『何かおかしい』と思っている。思い起こせば一番怪しいのは、後ろに座ったままの『ジジイ』なのだが。
きっとほくそ笑んでいるに違いない。今は振り向いて確認することもできないが。生き残ったら、後で八つ当たりしてやる。
そもそも怪しかったのは『募集の条件』ではない。
確かに条件は『四食昼寝付』『寮艦尾』『長時間安定雇用』の三条件であった。むしろ、ちょっと笑ってしまったのを覚えている。
それがまさかの『マグロ漁船』とは夢にも思ってはおらず、全部『本当のこと』だった。只の『誤植』だと思っていたのが懐かしい。
十六時から翌日十三時まで、毎日二十一時間も働かせやがって。
唸り続けるエンジン音でもグッスリ眠れて、何の問題もないぜ。
それより『何かおかしい』と思ったのは、船員の方だ。
どう見ても『普通』じゃない。いや、マグロ漁船に乗ったことはないが、それ位は判る。
全員、目が座ってやがる。何かの覚悟をした目だ。
その目は『狂った奴』とも違う。もっと厄介なもの。
先が読めない恐怖とも言える。
何しろ本当に『殺そう』と思っている奴は、『殺すぞ』なんて警告はしてくれない。
気配を消して、躊躇もなく、黙って殺しに来るのだ。
そうだ。そんな『確固たる信念』を持った目だ。
そもそも『乗船名簿』の管理者は、目の前の軍曹だ。
偉そうに腕を組み、部下に名前と顔写真をチェックさせていやがった。それを、俺のときだけ取り上げて自らチェックしていたじゃないか。そうだよ。そんな『薄ら笑い』でな。気持ち悪い。
俺に『そんな趣味』はないぜ。やるなら他を当たってくれっ!
「威勢が良いのは、悪いことじゃない。俺はそう言うのも好きだぜ」
軍曹が薄ら笑いを浮かべながら。しかし低く、抑揚のない声で。それを、目の前の『お気に入り』にだけ聞こえるような小声で囁く。
同時に、開いていた両手を胸の前にまで持って来ると、左手の平に右拳をグリグリと擦り付けながら、舌でペロリと唇を舐めた。
それを聞いた若い方は、明らかな『嫌悪感』を露わにする。
親指を出して両手を握り締め、顎を守るように構えた。
『異性が良いのは、悪いことじゃない。俺はそう言うのも好きだぜ』
こいつ、俺だけにそんなことを言って来たのだ。ケツの穴だって、キュッと引き締めて、『守る』に決まっているではないか。




