ガリソン(六)
次のアニメが始まった。優輝はそれに夢中だが、琴美は暇だ。
アニメを見ながら、琴美と優輝はカレーを前に、父と母がダイニングに来るのを待っていた。
しかし琴美は、横目で玄関へ通じる扉を見ていた。
四角いガラスで区切られた扉の向こうは良く見えないが、それでも何か見えるに違いない。
『大丈夫そう?』『そうだね』
そんな会話が聞こえて来て、母が直ぐにダイニングに戻って来た。
普通の顔だ。別に怒っている様子はない。父も浮気をした訳ではなさそうだし、母も実家に帰るつもりでもなさそうだ。
母は『普通の顔』で平然と、父にバケツの水を掛けただけ、なのだ。そして父も、それを望んでいた。何も不自然な所はない。
ただそれを世間では『変態夫婦』と呼ぶ。それだけだ。
「あら、先に食べて良いのよ?」
「頂きまーす」
優輝は直ぐに答えて、がっつき始める。琴美は『お父さんどうしたの?』と、聞きたい所を堪えた。
「お父さんのはどうするの?」
琴美は少し『てにをは』を変えて質問した。掴んだスプーンで父の皿を指し示す。すると母は、その皿を見て答えた。
「お風呂に入ってからでしょ」
「ふーん」
そう答えた琴美は、父がダイニングへ入らずに、背広のまま真っ直ぐ風呂場に向うのを見送った。どうやら本当に風呂に入るようだ。
「先に食べてましょ」
母も別に機嫌が悪い訳ではない様だ。自分の席に座る。
「頂きまーす」
琴美も両手を合わせてカレーと向き合うことにする。
「はぁい。召し上がれっ。頂きます」
少しおどけた感じもいつも通りだ。母もカレーを食べ始めた。
「少し辛いかしら?」
「そうでもないんじゃないかな。丁度良い」
「普通だよ。俺はもうちょっと辛口でも良いよ」
「生意気言ってるんじゃないよ。外のカレーで辛口頼んじゃダメよ」
「えぇ? そうなのぉ?」
そんな会話を交わしながら、和やかに夕食は進んだ。
優輝は皿とアニメを交互に見ながら、もっくりもっくり食べている。母も時々テレビを覗いていた。
琴坂家では食事中にテレビを点けて良いかは、父、牧夫に全ての権限がある。母、可南子は食事のマナーさえ守れば、煩いことは言わない。牛乳とかを零さなければ良いのだ。
アニメを見ていると『くだらない』と言って、大抵消される。
時々理不尽にもニュースに回されたりもするが、誰も口答えはしない。父は気を使って、録画ボタンを押してから回すからだ。
機械に関しては、父は気を使うことができる。良い父親だ。
カレーが半分になった所で、父の牧夫が寝巻きでダイニングに現れた。カラスの行水は相変わらずのようだが、少し違和感がある。
父の寝巻き姿を、琴美は凄く久し振りに見た気がしていた。