アンダーグラウンド掃討作戦(五十一)
「はい。紹興酒お待ちどうさま。氷砂糖要るひとぉ」
仕切りのカーテンがパッと捲られて、真っ赤な酒瓶を持ったおばちゃんが現れた。テーブルの会話が一時停止する。
頭に三角巾を被っちゃいるが、本当は鉄兜かベレー帽が似合いそうなゴツイ顔だ。
見えている腕もぶっとくて、酒瓶が細く見える。するとご婦人の方を一瞥して、酒瓶をドンと置いた。酒瓶が急に太くなったぁ?
対面の親子は気が小さいのか、二人揃ってそのまま飛び跳ねる。
「あんた、何て顔してんのぉ。ひっどい顔ねぇ」
「何って、あんたに言われたくないわぁ」
しおらしくしていたご婦人だが、おばちゃんには急に『お友達』感覚で話始めた。顔もしかめて『何言ってんだ』である。
しかしおばちゃんに、そんなのは関係ないようだ。パッと居なくなったと思ったら、二秒半で戻って来た。
そして右手で、ご婦人の後頭部をグッと抑える。
何だと思って慌てるご婦人の顔を、無理矢理正面に向けたかと思ったら、左手に広げて持った『あつしぼ』を、遠慮なく被せたではないか。これは熱そうだ。
だって、当のおばちゃんが『凄く熱そう』にしているし。
「あちちちちっ!」「はいはい。大人しく、しぃなぁさぁいぃ」
まるで塹壕で麻酔無しに、患部へ消毒液を塗り込むような緊張感。そんなやり取りに聞こえなくもない。
「ちょっあんた、フガフガフガー、フガーフガー」
何か喋ろうとしているが、それを無視して顔を拭き続けるものだから、手を振るだけで何を言っているのか判らない。
「えーなにぃ? お化粧取れたら私より奇麗じゃなくなるぅ?」
おばちゃんが手を緩める素振りはない。笑顔のまま勝手に翻訳して、勝手にウンウンと頷いているだけだ。
「はいっ。一丁あがりっとぉっ!」
吹き上げた『あつしぼ』はマスカラが落ちて真っ黒だ。
「お化粧落ちたって、あんたより奇麗よっ! あらっ!」
やっとのことで手を払い除けたご婦人であるが、真っ黒になった『あつしぼ』を見て、急いでバックを引き寄せる。
おばちゃんは親子の方を向いて、『お礼を言うのが先だろうよ』とでも言いたげに呆れて見せる。いやいや。苦笑いが関の山。
ご婦人は慌てた様子で鏡を取り出し、軽く化粧を直す。
そして、何事もなかったようにスッと座り直した。中々に誤魔化すのが上手いようだ。
「お二人は、仲が宜しいのですか?」
「えぇ。昔から。同級生なの。私の方が若く見えるでしょ?」
「えぇ。昔から。同級生なの。私の方が若く見えるでしょ?」
娘からの質問に、二人は同時に答えていた。そして互いに見つめ合ったかと思うと、両手で引っ掻き合いを始めている。
「そうなんですか。じゃぁ、今度の『同窓会』には、ご出席を?」
父親の方が苦笑いで切り出すと、二人の動きがピタッと止まった。




