アンダーグラウンド掃討作戦(四十五)
ソファー席には『カーテン』が掛けられている。だから『内緒話』をするには都合が良い。
だからだろうか。さっきから店は騒がしいのだが、この席だけはまるで『お通夜』の様に静か―になっている。
ペコペコと頭を下げ続ける一人を除いて。
「この度は、大・変・申し訳ございませんでしたっ」
黒い服を着たご婦人が、神妙な顔つきで深々と頭を下げている。額がテーブルに『ピタッ』『グリグリッ』と、くっ付くまでだ。
いやもしかして、テーブルが無ければ、もっと下まで行くかもしれない。果てしなく何処までも。何なら床下まで。
頭を下げられている親子の方は、そう思っている。
「いえいえ。どうぞ頭を上げて下さい」
親の方が恐縮している。声もヒソヒソ声だ。
両手を前に出して、お辞儀を止めるように言っているが相手にその様子はない。
かと言って、肩を掴んで無理やり起こすのもはばかれる。何しろこちらは男なのだから。
このとき男は、まだ知らなかった。
目の前のご婦人がその気になれば、額でテーブルを真っ二つに割り、床まで到達出来るであろうことを。
やらないのは、ココが『自分の店』ではないからだ。
「本当に、本当に、大切なお嬢様を、申し訳ございません」
泣き出しそうな声で詫び続ける黒服のご婦人は、髪を結び後頭部へお団子として纏めている。
首には、まるで『首輪』のような真珠の首飾り。
人と会うのに、必要最低限と言った感じだ。であるからしてイヤリングもなく、飾り気はない。
それでも、見えている白い首筋と漆黒のお召し物を見れば、相当の『お金持ち』か『権力者』にも見える。もしかして、両方?
仮に、店の外で『黒塗りのリムジン』を待たせていたとしても、それはおかしくない程に。
「もう、頭を上げて下さい。怪我もなく、無事だったんですから」
「そうです。私が『行く』って決めたんですから」
父親の隣にちょこんと座っていた娘が、何かしらの『被害者本人』なのだろう。彼女の方も手を前に出して、必死にご婦人をなだめようとしている。
「お前は黙っていなさいっ! 探偵の真似事みたいなことをしてっ」
父親は『身内には厳しいタイプ』なのだろうか。娘は久々に落ちた『雷』に感電したのか、ビクッとして押し黙る。
「家の娘が付いていながら、本当に申し訳ございませんっ!」
父親の叱責が、かえって『逆効果』だったのかもしれない。
ご婦人が一度上げた顔を、直ぐに再び勢い良く下げる。そんなご婦人の顔を見て、父親も黙り込んでしまった。
激しく流れ落ちた涙で、ご婦人の美しい顔にマスカラの跡がベットリと付いている。それはもう、とっても怖かったからだ。




