アンダーグラウンド掃討作戦(四十三)
「何度もお見舞いに来て頂き、ありがとうございます」
「いやいや。良いんだよ。君が身代わりになったのだから」
慰みの言葉を掛けて酒を注ごうとしているが、団体さんが居る様で厨房は大忙しだ。暫く待つしかない。
「思ったより早く退院出来て、本当に良かったなぁ」
当時の状況から、もっと大変なことになると思っていた。それは、机の向こうとこちらに居る二人にとって共通認識のようだ。
だからだろうか、言われた男は恥ずかしそうに首を竦める。
照れ隠しに左手で頭を掻きながら、ペコペコお辞儀を始めた。
「検診に来てくれる看護婦さんが、ちょっと可愛くてですねぇ」
照れている方の男は、がっちりとした体形の若い男だ。嬉しそうにしている所を見ると、女性には余り縁がなさそうだ。
「あはは。そうかそうか。それは気の毒なことしたなぁ」
意味深にからかっている方の男。顔を見れば中年だと判るが、体系はスラリとしていて全体的にはインテリ系。
笑ってはいるが、目だけは笑っていない。それはいつも傍に居たのであろう者には、誤魔化しきれない『いつでも本気』の目だ。
「じゃぁ、調べとくか?」「いいえ。そんな、結構です!」
前のめりの問いに、返事が早い。若い方の男もそれを判っているのだろう。お願いしたら、本当に調べて来そうではないか。
「君の為なら一肌脱ぐよ。それ位まだ、私にも出来るんだよ?」
「そんな、女にうつつを抜かしている場合ではありませんからっ」
頭を掻いていた手を前に出し、横にブンブン振って断っている。
すると納得したのだろうか。前のめりだった姿勢が元に戻る。
頼んだビールはまだ来ない。だからお通しも来ない。しかし二人はにこやかに話を続けている。
二人にとって料理や酒よりも、『今の時間』の方が大切なのだろう。かと言って時計を見るでなく、時間を気にする様子もない。
「それより、右手の方は大丈夫なのかね?」
心配そうな顔になって右手を指さした。指さされた男は、今更ながらに自分の右手を覗き見た。
右腕は白い三角巾で吊り下げられている。手も包帯でグルグル巻きの状態で、指先がちょこんと見えているだけだ。
「はい。破片は全部綺麗に取れましたし、神経も痛めていません」
「そうか。それは良かったなぁ。じゃぁ、こっちは?」
両手で『車のハンドル』を持つ仕草をしたかと思うと、それを左右に動かした。
しかし、直ぐに『これじゃない』と思ったのだろう。右手で『下から伸びる棒』を握り締める素振りに切り替えた。
「直ぐには無理ですが、治れば可能です」
嬉しそうに、見えている指を動かした。男にとって、今出来ることはそこまでだ。
「そうかっ! それは良かったっ!」「ありがとうございます」
深々と頭を下げる男に、『頭を上げろ』とにこやかに手で示す。それで言われた通りに頭を上げたのだが、男は渋い顔である。
「中佐を『ホテル』までお送りしたかったのに。残念です」




