東京(四)
四人は受付で『セキュリティ』を通過する。係員が見ている画面には、通った人の様々な情報が表示されていた。
氏名、国籍、年齢、性別、本籍地、個人番号、顔写真、そして、貸出書籍の一覧だ。住所も市区町村までは表示される。
返却が遅れている書籍があったり、以前書籍を乱雑に取り扱った『前科』の有無等、必要に応じてブザーが鳴ると、制服を着た警備員がにこやかに現れる。
めったに無いことなので、誰も気が付く様子はない。
いや、琴美を除いて。
「先行くねー」
「お先―」
「ごゆっくりー」
いつもの通りである。にこやかに通り過ぎて行く。
琴美は苦笑いをするだけだ。
『ピッ。暗証番号と予約番号を入力して下さい』
琴美はまた父の顔を思い出し、苦笑いで入力する。
顔パスできない琴美は事前に予約が必要で、利用規約に同意すると表示される『予約番号』の入力が必要なのだ。
いちいち面倒な仕掛けである。
「はいはい」
黄色いパトランプが光る下で、琴美は番号を入力している。その横では、係員が珍しそうに眺めていた。
そんな操作をしているのは、外国人位なものだからだ。
「ご出身はどちらですか?」
係員に聞かれて、琴美は答える。
「千葉県です」
正解。係員は『珍しいなぁ』と思っていたのだろう。不思議そうな顔をしながらも、画面を見て頷いた。
もう一度顔を確認しようとしたが、ゲートが開くと同時に琴美が走り出していた。
「ちょっと待ってよー」
「言い出しっぺが一番遅いよー」
「ねえ、漫画もあるのかなぁ」
「あはは。漫画ならココ来なくても、読めたじゃーん」
静かな図書館に、女子学生四人の笑い声が響く。
係員は苦笑いして、追いかけるのは止めにする。
四人とも同じ大学、同じ学科の一年生。悪いことをしに来た訳ではないだろう。
直ぐに食堂の方に曲がったのを見て、そう思うことにした。
オムライスを食べながら、四人は真剣に話す。
「雨に弱いのって、日本人だけなんでしょ?」
琴美がケチャップで描いた『ダイヤ』を崩しながら聞く。
「日本人と言うか、東京近郊だけ?」
絵理がケチャップで描いた『スペード』を崩しながら聞く。
「あんまり知らないけど、そうらしいじゃん?」
美里がケチャップで描いた『クローバー』を崩しながら聞く。
「なほやでほ、にゃるよ。あぢっ」
楓が既に崩したケチャップで描いた『ハート』を食べながら言う。
「にょみきょんでから、んぐっ。話しなさいよ」
「名古屋でもなるよー。琴美だって」
楓が笑う。琴美も少しバツが悪くなる。
「東京に来た外国人は、平気なんでしょ?」
そう言って、誤魔化す。絵理は『飲み込んで』から言う。
「らしいよねぇ。『蛇の目傘』差して喜んでいるみたいよぉ」
美里は、アイスティーを飲んでから言う。
「日本人は傘なんて、もう使わないもんねぇ」
三人の視線を感じた楓は、オムライスを口に入れる前に、言う。
「昔が、懐かしぃ」
そう言って、左手の平を上に上げ、片目を瞑って渋い顔をすると、パクっとオムライスを食べた。
「あんた、幾つよ」「あんた、幾つよ」「あんた、幾つよ」
三人が一斉に楓に言う。言われた楓は目を丸くして、直ぐに反論。
「おにゃいどしじゃにゃい」
そう言ってから、オムライスを飲み込んだ。




