アンダーグラウンド掃討作戦(九)
機関車は走り続けている。そこへ御殿場駅が見えて来たのだが、誰もいない。深夜のこの時間、駅はひっそりとしている。
しかし黒田は、扉を直ぐには開けなかった。外にいる馬鹿が銃でもぶっ放せば、何かしらの被害が有り得る。
流れ弾で一般市民が怪我でもしたらと思うと気の毒で、明日の朝食も喉を通らない。だから味噌汁が必要かも。
タイミングを見計らっていた。ちらりと窓から外を見る。
馬鹿はどちらに開くかも知らない扉の前で、銃を構えているではないか。黒田はドアノブに手を添える。
「ほらよっ!」「うわっ」
思いっきりドアを蹴り込んだ。ドアは内から外へ向かって開く。そのドアが銃の先端に当たって、銃口が列車の真横を向く。
『パパパッ』
やはり馬鹿が。こんな所で発砲しやがった。
柳田にしてみれば、不意打ちをモロに食らった状態だ。一方の黒田は、ドアを蹴った足を素早く引っ込めて、二発目の蹴りを狙う。
しかし柳田の姿は、既に黒田の前にはなかった。
確かにいた筈なのに、一体何処へ行ったのか。黒田は身構えながら、ジリジリと前に出る。一発で列車から落ちたのだろうか。
それならそれで良い。祝杯を挙げるまでもないが、めでたく解決だ。黒田がファイティングポーズを降ろした時だ。
「やりやがったなっ!」
扉がもの凄い勢いで戻って来たではないか。
機関車が陸橋の下に差し掛かり、丁度『ゴー』と音を立てた瞬間だった。不意に切り替わった視界の変化に、黒田の反応は遅れる。
それを『年のせい』と言われても、仕方がないだろう。
とにかく黒田は再び身構えたのだが、戻る扉の方が速かった。
肘に痛みが走る。足は扉に挟まれはしなかったものの、曲げた左膝にも痛みが。思わず顔をしかめる。
しかしそれでも、頭は直ぐに低くしていた。
どうやら柳田は、扉と一緒に横へ移動していた様だ。だから目の前にはいなかったのだ。
その実、足は見えていたのかもしれないが、それは結果論であって後の祭りだ。今となってはもう、どうしようもない。
『パパパッパパパッ』
再び銃声がしてドアが凹む。二度目の銃声でガラスが飛び散った。
黒田は思わず腕を上げて、ガラス片を避ける。
「どうしたんですかっ!」
銃声を聞いた機関士の声が黒田の耳に入ったのだが、それに答える暇はない。
すると返事がないのを心配してか、再び機関士の声が響く。
「もうすぐ下り坂ですよっ!」「判ってるっ!」
今度は黒田からの返事があった。機関士はアクセルに相当する『ノッチ』をオフにすると、ブレーキレバーを操作する。手応えあり。
「ブレーキのケーブルは、絶対に切らないで下さいよっ!」
前を見ながら圧力計をチラ見して、黒田に向かって叫ぶ。しかし今度は返事がない。
その原因は、再び陸橋を潜っていたからかもしれないが、機関士にしてみれば、そんなことはどうでも良い。
学校裏踏切の手前で警笛を鳴らし、更に速度を落としながら右へカーブして行く。
田んぼの中を真っ直ぐに突っ切って行って、それが森に変わったら東海道線きっての『下り坂』の始まりである。
疾走する機関車のブレーキハンドルを、しっかりと握り直した。
「黒いケーブルかぁ?」
突然後ろから黒田の声がしたのだが、主語がない。それでも機関士は前を向いたまま答える。
目の前に続く鉄路が、漆黒の闇へと光りながら続いていた。
「ブレーキのケーブルですかぁ?」
実はそれしかあり得ないのだが、それは念のためだ。
「シューシュー言う奴かぁ?」
微かに聞こえて来る声は後ろの扉が開いているからか、モーターが唸る音、それに『ゴー』という風の音も加わって良く聞こえない。
それに付け加えるならば、黒田の『シューシュー』という説明とは違い『シュー』と鳴り続ける高い音だけだ。
機関士は目を丸くして、思わず圧力計を凝視する。
「嘘でしょーっ!」
「嘘じゃなーい!」
今度は黒田から、直ぐに返事が返って来た。




