東京(二)
山手線で田端まで来た。この辺まで来ると、空が見えない。
標高三十一メートルの所にある、人工地盤の下になっているからだ。ここから常磐線に乗り換えて、南千住に向かう。
「常磐線、こっちだよー」
「はーい」
琴美に誘導されて、楓がついて来る。今まで乗っていた電車をまじまじと見て、レトロ感を楽しむ。
常磐線のホームまで行くと、楓が驚いている。
「今度の電車は、随分と長いんだねぇ」
そう言って電車の車両の数を数えているが、途中であきらめた。
「そうだね。この電車は東京の外に繋がっているから、東京に来る人が、結構乗るんだろうねぇ」
「なるほどー。今度は座れそう!」
「ガラガラだね」
二人は電車の椅子に座った。離れた席では、昼間っから日本酒の小瓶を開け、どこで買ったのか、イカの燻製やら、冷凍みかんやら、そんなのを摘まみながら、発車を待っている。
楓がちらっと見た後、琴美に小声で話す。
「何か、楽しそうだねぇ」
「常磐線はね、そういうのアリなんだよ」
琴美も口に手をあて、小声で話す。
「そうなんだぁ。良いなぁ」
そう言って楓は、またチラっと見る。
『ガハハハッ!』
下品な笑い声が聞こえて来て、楓はシュっと首を縮める。
「おもしろっ」
「だねぇ」
二人は苦笑いする。常磐線は田端を出発した。
十分で南千住到着。外はやはり真っ暗だ。
「降りるよー」
「もう? 早いね」
ホームから、沢山の線路が見える。また楓は線路の本数を数え始めたが、途中で諦める。琴美は笑っているだけだ。
「何か、凄い沢山線路があるー。凄いねぇ」
「ここは、貨物駅だよー」
「へぇー。そんな駅があるんだね」
人工地盤に覆われて空は見えないが、等間隔に柱が林立している間に、線路だけが見える。
そして、さらに遠くに『隅田川駅』の看板を辛うじて望む。
駅舎から人口地盤に向けて、エレベータシャフトが伸びていて、そこにどんどん貨物が、吸い込まれていく。
東京に運び込まれる貨物は、東北線からでも常磐線からでも、一旦、隅田川駅に降ろされる。そして、主に食品が地下トンネルで上野まで行き、広小路で地上に出て秋葉原駅に運ばれる。
開業当時、上野付近に駅はなかったが、寛永寺の最寄りに地下駅が出来た。旅客はそこで終点。琴美と楓は、そこへ向かうのだ。
二人は寛永寺駅に着いた。ホームに降りると『寛永寺』と書かれた達筆な看板があり、気分が盛り上がる。
階段を登って改札口の手前で、二人は壁際に寄り立ち止まる。
「切符持ってるよね?」
「あっ、そうかっ! 忘れてたー」
琴美の問いに、楓が明るく答える。そして、財布から切符を取り出して、手に持った。にこにこ顔である。
「よし! じゃぁ、行きましょう!」
「レッツゴー」
気合を入れた割に行うことは、改札で駅員に切符を渡すだけ。
名残惜し気に、切符を見ながら改札を通り抜けた楓が、何だか『もっと珍しい物』を見つけたのか、琴美を呼ぶ。
「ねぇねぇ、あれなーに?」
琴美が振り返ると、楓が指を指している方を見る。
「あぁ、あれはね、浅草に行く『地下鉄』だよー」
「へー」
「東洋で最初の地下鉄なんだよぉ」
「そうなんだぁ」
今乗った区間も、地下鉄と言えば地下鉄である。それでも楓は何か気に入ったのか、笑顔で琴美に話す。
「今度、あっちも乗ろうよ!」
「うん。良いよぉ。でも、直ぐ終点だよ?」
琴美は思う。二階建てバスと同じノリ。地下鉄がまるで、アトラクションである。
取り敢えず今は駅を出て、二人は寛永寺を目指す。
境内の隅にある、国立図書館に行くためだ。




